ポルトランドセメント
概要
リーズの煉瓦積み職人ジョゼフ・アスプディンが、石灰石と粘土を焼いて粉にしたものに特許を取った。固まった色がポートランド島の建築石材に似ているとして、その名を付けた。ただし彼の焼成温度は低く、現在のものとは別物である。息子ウィリアムと、アイザック・チャールズ・ジョンソンが、原料が溶けかけるまで高温で焼くことで、はるかに強いものを得た。石灰と火山灰を探して回る必要がなくなり、どこでも同じ品質の結合材が作れるようになった。
場所
53.80°N -1.55°E · イギリス・ウェストヨークシャー州
本文
18世紀のイギリスは、運河と港と灯台を次々に造っていた。どれも水に触れる場所である。ところが当時の普通の石灰モルタル、つまり消石灰に砂を混ぜたものは、空気中の二酸化炭素を吸ってゆっくり固まる。固まるのが遅いうえ、水の中ではいつまでも固まらない。水の中でも固まる結合材、いわゆる水硬性の結合材が要った。古代ローマ人は火山灰を混ぜてそれを作っていたが(ローマのコンクリート)、その火山灰はどこにでもあるものではなかった。
最初に筋道を付けたのはジョン・スミートンである。彼はイギリス南西の沖の岩礁に立つエディストン灯台の建設を任された。それまでの灯台は嵐と火災で二度失われていた。スミートンは水中で固まるモルタルを求めて石灰を系統的に比べ、良い水硬性石灰は純粋な石灰石からではなく、粘土を含む石灰石から得られるという結論に達した。当時の常識とは逆である。灯台は1759年に完成し(沖の岩に立つ灯台)、1877年に取り壊されるまで立ち続けた。壊されたのは灯台が傷んだからではなく、土台の岩のほうが削られたからだった。

続いて1796年、ジェイムズ・パーカーがケント沖シェピー島の泥灰岩の団塊を焼いて粉にし、「ローマン・セメント」の名で特許を取った。速く固まるが、決まった産地の天然の石に頼る。フランスでは1817年、ルイ・ヴィカが石灰石と粘土を人の手で配合して焼き、人工の水硬性石灰を作った。理屈のうえでは、のちのポルトランドセメントの考え方はここでほぼ出そろっていた。
1824年10月21日、リーズの煉瓦積み職人ジョゼフ・アスプディンが「人工石の製造法の改良」として特許を得た。石灰石を焼いて粉にし、一定量の粘土を混ぜて水で練り、乾かしてから石灰窯で炭酸ガスが抜けるまで焼き、もう一度粉にする、という内容である。彼はこれを「ポルトランドセメント」と呼んだ。固まったときの色が、イングランド南岸ポートランド島の石に似ているというのである。ポートランド石は白っぽく上質な石灰岩で、ロンドンの立派な建物、たとえばセント・ポール大聖堂にも使われていた。高級な石材の名を借りた売り文句だったが、その名がのちに世界共通の呼び名になった。
ただし、アスプディンの焼き方は温度が低かったとみられる。現在のポルトランドセメントの要は、原料を1400度を超える高温で焼き、一部が溶けかけるところまで持っていくことにある。そうしてできる硬い塊をクリンカーと呼び、これを細かく砕いたものがセメントになる。アスプディンの製品は、いまの基準でいえばポルトランドセメントとは呼べないものだった。
高温で焼くことに行き着いたのは次の世代である。息子のウィリアム・アスプディンは1840年代に父のもとを離れてロンドンの近くで工場を開き、より強いものを作った。彼の工場の跡から見つかった窯の残りを調べると、クリンカーができていたことが分かっている。彼は製法を秘密にし、工場を囲いで隠したうえ、わざと関係の無い材料を目立つ場所に置いて見る者を惑わせた、という話も伝わる。同じころ、テムズ川下流のスワンズクームの工場にいたアイザック・チャールズ・ジョンソンが、焼きすぎて捨てられていた溶けかけの塊を粉にしてみたところ、極めて強かったという。焼きすぎこそが正しい焼き方だった。ジョンソンはのちに、真のポルトランドセメントを作ったのは自分だと主張し、アスプディン親子との間で功績をめぐる言い分が分かれた。

19世紀後半、ポルトランドセメントは急速に広まった。決定的だったのは、ジョゼフ・バザルジェットが1859年から進めたロンドンの下水道の大工事である(ロンドンの下水道)。地下に何百キロもの煉瓦の管を通すこの工事で、セメントは大量に使われ、技師たちは納入品の強度を一袋ごとに試験した。品質を数字で確かめて買う、という作法がここで育った。さらにセメントは鉄と組み合わされ、ジョゼフ・モニエらの手で鉄筋コンクリートが生まれる。石灰や火山灰の良い産地を探して回る必要がなくなり、石灰石と粘土と燃料さえあれば、どこでも同じ品質の結合材が作れるようになった。
いま、世界のセメントの生産量は年に約40億トンに達する。その製造は、世界の二酸化炭素の排出のおよそ7〜8パーセントを占めるとされる。理由は二つある。一つは1400度まで焼くための燃料である。もう一つは原料の石灰石そのもので、炭酸カルシウムを焼いて生石灰にすれば、化学反応として二酸化炭素が必ず出る。こちらは燃料を替えても消えない。製鉄の副産物である高炉スラグや、石炭火力の灰を混ぜて石灰石の量を減らす工夫が進められており、ローマ人が使った火山灰も、その候補として見直されている。200年前の職人の特許は、いまの気候の問題にまでつながっている。