ファロスの灯台
概要
ナイル三角州の海岸は低く平らで、沖から陸の位置が分からない。プトレマイオス朝が、港の入口のファロス島に塔を建てた。高さは百メートルを超えたと伝えられ、四角、八角、円柱の三段。頂に火を焚き、金属の鏡で沖へ投げた。昼は煙を目印にした。設計者ソストラトスの名が、王の名の下の石に隠して刻まれていたという逸話がある。千五百年立ち、地震で崩れた。1994年、港の海底からその石材が見つかっている。ファロスの語が、多くの言語で灯台を意味する語になった。
場所
31.20°N 29.92°E · エジプト
本文
ナイル三角州の海岸は、低く平らである。沖から眺めても、山も岬も目印になるものが無く、どこに港があるのか見分けがつかない。そのうえ沖には浅瀬や岩礁が隠れている。紀元前331年にアレクサンドリア建設が行われて以来、アレクサンドリアは地中海でも有数の港町になりつつあった。エジプトの小麦が、ここから地中海の各地へ積み出される。船を安全に港へ導く目印が、どうしても必要だった。
塔の建設は、プトレマイオス1世の治世の末、紀元前297年ごろに始まり、その子プトレマイオス2世の時代、紀元前280年ごろに完成したとされる。場所は港の入口に浮かぶファロス島である。島は「ヘプタスタディオン」と呼ばれる長さ七スタディオン(約1.2キロ)の堤道で本土と結ばれていた。この堤のまわりに土砂がたまり、島はやがて陸続きの半島になった。同じ頃、町にはアレクサンドリアの図書館も建てられ、プトレマイオス朝の都は学問と交易の中心として栄えていく。

塔そのものは残っていない。その姿は、古代やアラブの記述、塔を刻んだ硬貨やモザイクの図から推し量られている。いちばん下は四角い大きな塔で、全体の大部分を占め、内部には螺旋状の坂があって、驢馬が燃料を運び上げたともいわれる。その上に八角形の段、さらに円柱形の段が重なり、頂で火を焚いた。最上部には神の像が立っていたと伝えられる。高さについては記録に幅があるが、のちのアラブの記述などから百メートル前後、あるいはそれ以上と推定されている。古代の建造物としては、ギザの大ピラミッドに次ぐ高さだったとみられ、のちに世界の七不思議の一つに数えられた。七不思議の中では、大ピラミッドに次いで長く立っていた。
どうやって光らせていたのかは、はっきりしない。火を焚いたことは確かだが、燃料が木だったのか油だったのかは分からない。エジプトは木の乏しい土地で、燃料の確保はいつも課題だったはずである。磨いた金属の鏡で光を沖へ送ったとも伝えられる。中世のアラブの書き手には、その鏡で遠くの船が見えたとか、敵の船を焼くことができたと書いた者もいるが、後者は明らかに伝説で、前者も疑わしい。昼間は煙を目印にしたとされる。光が何十キロも先から見えたという記述もあるが、高さ百メートルの火でも、地球の丸みのために四十キロ近くで水平線の下に沈む。実際にはそれより手前で、光の弱さのために見えなくなっていただろう。

設計者は、クニドスのソストラトスとされる。2世紀の著述家ルキアノスは、こんな話を伝えている。ソストラトスは塔に自分の名を刻みたかったが、そこには王の名を刻まねばならない。そこで彼は、石に自分の名を深く彫り、その上を漆喰で覆って、漆喰の上に王の名を書いた。年月がたって漆喰が剥がれると、下から「クニドスのソストラトスが、船乗りたちのために、救いの神々にこれを捧げる」という銘が現れた、というのである。話の真偽は確かめられないが、ソストラトスの名を記した献辞が塔にあったこと自体は、ほかの古い記述からもうかがえる。
塔は、千五百年以上立ち続けた。7世紀にアラブがエジプトを征服した後も、灯台として使われ、修理が重ねられた。だが、この一帯は地震が多い。10世紀の地震で上の部分が崩れ、14世紀初めの大きな地震で決定的に壊れた。旅行家イブン・バットゥータは、1326年に訪れたときには塔の一面が崩れていたと書き、1349年に再び訪れたときには、もう中に入ることもできない廃墟になっていたと記している(イブン・バットゥータの旅)。1477年、マムルーク朝のスルタン、カーイトバーイがその跡地に要塞を築き、灯台の石材の一部もそこに使われたとされる。この要塞は、いまもアレクサンドリアの港に立っている。

1994年、フランスの考古学者ジャン=イヴ・アンプルールらの調査隊が、要塞の沖の海底を調べ、巨大な石材や彫像、スフィンクスなど数百点を見つけた。数十トンもある花崗岩の石材の一部は、灯台の一部だったと考えられている。多くはいまも海の底にあり、引き上げて展示するか、海の中のまま見せる博物館にするかが議論されてきた。
ファロスの塔は、灯台という建物の原型になった。のちの灯台は、石の塔の上で火や油を燃やし、やがて反射鏡やフレネル・レンズで光を遠くへ送るようになり、嵐の海の岩の上にも建てられていく(沖の岩に立つ灯台)。そしてファロスという島の名は、多くの言語で灯台そのものを指す言葉になった。フランス語のファール、イタリア語やスペイン語のファーロ、ポルトガル語のファロール、ルーマニア語のファール。二千三百年前に港の入口に建てられた一つの塔の、その島の名が、いまも世界の海岸に灯る光の名として残っている。