概要
軍人フアン・ペロンは、労働を担当する役職で労働者の賃金と権利を引き上げ、熱烈な支持を集めた。1946年、大統領に選ばれる。妻のエバ、愛称エビータは、貧しい家の出の女優で、財団を作って貧しい人びとに施し、女性の参政権の実現にも力を尽くした。人びとは彼女を聖女のように慕った。1952年、三十三歳でエビータが癌で死ぬと、国じゅうが喪に服す。ペロンの政治は、労働者の味方と独裁の両方の顔を持ち、いまもアルゼンチンの政治を二分している。
場所
ブエノスアイレス
-34.60°N -58.38°E · アルゼンチン
-34.60°N -58.38°E · アルゼンチン
本文
労働者の味方。
軍人フアン・ペロン。
(1)労働を担当する役職で、労働者の賃金と権利を引き上げた。
(2)そして、熱烈な支持を集めた。
(3)さらに、1946年、大統領に選ばれた。
エビータ。
妻のエバ、愛称エビータ。
(1)貧しい家の出の女優だった。
(2)そして、財団を作って、貧しい人びとに施した。
(3)さらに、女性の参政権の実現にも力を尽くした。
1952年、三十三歳で癌で死ぬと、国じゅうが喪に服した。
残ること。
ペロンの政治は、労働者の味方と独裁の両方の顔を持った。
いまもアルゼンチンの政治を二分している。人気と権力が一つになる政治の形は、南米のあちこちで繰り返された。