パン屋の行列
概要
革命のさなかのパリでは、パンが足りず、値は統制されていた。夜明け前からパン屋の戸口に人が並び、先に来た者から売ってもらう。列はフランス語で「尾」(queue)と呼ばれ、戸口の鉄の輪に綱を結んで、並ぶ者がそれを握ったと伝えられる。英語で人の列を queue と呼ぶ用法は、この頃のフランスから入った。四十年後、トマス・カーライルは『フランス革命史』で、自然に列を作るこの才能こそフランス人を他の民から分けると皮肉を込めて書いた。行列は、足りないものを、力ではなく時間で分ける方法である。
場所
48.86°N 2.35°E · フランス
本文
18世紀のパリの職人や日雇いの人々は、稼ぎの大きな部分をパンに使っていた。パンは主食であり、ほかに代わるものが乏しかった。不作の年には値が跳ね上がり、暮らしは一気に追い詰められる。1788年は凶作だった。翌1789年の春から夏にかけて、パンの値は革命前の数十年でもっとも高い水準に達した。パン屋の前に人が集まり、ときにパン屋が襲われた。
その年の10月、パリの女たちが雨の中を歩いてヴェルサイユへ向かい、国王一家をパリへ連れ帰った。帰り道、群衆は「パン屋の主人とおかみと小僧を連れて帰る」と叫んだと伝わる。国王と王妃と王太子のことである。王がパリにいればパンが手に入る、という期待がそこに込められていた(フランス革命)。

革命が進むと、政府はパンの値を力ずくで押さえにかかった。1793年5月には穀物の価格に上限が設けられ、同じ年の9月には「一般最高価格令」が出されて、生活必需品の多くに上限価格が付けられた。恐怖政治のさなかである。パリでは住民ごとに買える量を記した券が配られた時期もあった。値段に上限を付けるという発想そのものは古く、ローマ帝国にもディオクレティアヌスの最高価格令の例がある。
値を押さえると何が起きるか。売る側は損をするので、品物が表に出てこなくなる。農民は穀物を手放したがらず、パン屋は材料を確保できない。買う側にとっては安いので、誰もが買いに来る。こうしてパンはますます足りなくなる。足りないものをどう分けるか。値段で分けることは法で禁じられた。力で奪えば暴動になる。残るのは時間だった。
人々は夜明け前からパン屋の戸口に並んだ。先に来た者から売ってもらい、後から来た者は売り切れれば手ぶらで帰る。この列をフランス語で「尾」(ケュー)と呼んだ。動物のしっぽを指す言葉である。列を作ることは「尾をなす」と言われるようになり、この言い方はいまもフランス語に残っている。
イギリスの著述家トマス・カーライルは、1837年に出した『フランス革命史』でこの光景を描いた。彼によれば、パン屋の戸口には綱が結ばれ、並ぶ者はそれを握って立っていたという。綱を放せば列から外れる。綱そのものが「尾」だったとも読める描写だが、どこまでが史料に基づき、どこからがカーライルの筆の勢いなのかは分からない。カーライルは史料を読み込みながら、劇のような熱っぽい文体で革命を語った人である。
彼はさらに、パン屋に尾ができ、先に来た者から買えるように人々が並んでいる、自然に列を作るこの才能こそ、フランス人を古今のあらゆる民から分けるものだ、という意味のことを書いた。もちろん皮肉である。人々は飢えて、並ばされていたのだから。英語の辞書は、人の列を表すこの語の早い用例の一つとして、カーライルのこの本を挙げている。それまで英語では、この語を人の列の意味ではほとんど使っていなかった。列という言葉は、フランスの飢えの話として英語に入ってきたのである。
百年あまり後、この語はすっかりイギリスのものになる。二つの世界大戦と配給がそれを後押しした。第二次世界大戦中から戦後にかけて、イギリスでは食料も衣料も券で配られた。券があっても店に品物があるとは限らない。だから人々は並んだ。やがて、行儀よく列に並ぶことはイギリス人の美徳だという自画像ができあがっていく。ハンガリーから移り住んだユーモア作家ジョージ・ミケシュは、1946年の本で、イギリス人は一人きりでも行儀よく列を作る、とからかった。フランスの飢えを表した言葉が、イギリスの礼儀を表す言葉に変わったのである。同じ英語でも、アメリカでは列を別の語で呼ぶ。
行列は、足りないものの分け方の一つである。値段で分ければ、金のある者に渡る。力で分ければ、強い者に渡る。列で分ければ、待てる者に渡る。夜明け前から立っていられる者、働きに出なくてよい者、子どもを誰かに預けられる者である。列は公平に見える。誰もが同じだけの時間を払うからだ。しかし、時間の値打ちは人によって違う。一日の稼ぎを失ってまで並ぶ人と、ほかにすることの無い人とでは、同じ一時間の重さが違う。
さらに百年ほどたつと、デンマークの技師が電話の交換機の混み具合を確率で測り始める(待ち行列の理論)。待つことは、数として扱い、設計するものになっていく。パリのパン屋の戸口で人々が握っていた綱は、その遠い始まりの一つだった。