視聴率
概要
放送は、誰が聞いているか分からない。売っているのは電波ではなく、注意である。A・C・ニールセンは、受信機に取り付けて周波数と時刻を記録する装置を買い取り、選ばれた世帯に設置した。ラジオで実用にし、1950年からテレビへ広げる。数千世帯の記録が、全国の視聴の推計になった。番組の生死が、その数字で決まるようになる。測られるのは面白さではなく、消された回数と、次の番組へ残った割合である。表現が、数字の形に合わせて変わっていった。
場所
41.88°N -87.63°E · アメリカ・イリノイ州
本文
放送は電波をあたりに撒くだけで、誰が受け取っているかは分からない。それでいて、アメリカの放送は広告で成り立っていた。広告主は金を払う。では、何に払っているのか。電波ではない。いま、どれだけの人がこの番組に耳を傾けているか、という人々の注意に払っているのである。だから、その注意の量を測る方法が要った。
はじめのうちは、聴き手からの手紙が頼りだった。番組で「はがきを送ってください」と呼びかけ、届いた数を数える。しかし手紙を書くのは熱心な一部の人だけである。1930年からは、電話をかけて前の日に何を聴いたかを尋ねる調査が始まった。これは記憶に頼るので、多くの人がよく思い出せない。続いて、いま何を聴いているかをその場で尋ねる電話調査が生まれた。こちらは正確だが、夜遅くには電話をかけられず、電話の無い家のことも分からない。
人が何もしなくても記録が残る方法を作ったのは、マサチューセッツ工科大学の二人の技術者、ロバート・エルダーとルイス・ウッドラフだった。1930年代、彼らはラジオの受信機に取り付けて、どの周波数にいつ合わせていたかを紙のテープに書き込む装置を考えた。1936年、その権利を買い取ったのが、アーサー・チャールズ・ニールセン(1897〜1980年)である。
ニールセンは1923年に市場調査の会社を興し、もともとは機械の性能の試験などを請け負っていた。1930年代には、選んだ食料品店や薬局を調査員が回って棚の在庫と仕入れを数え、全国の商品の売れ行きを推し量る調査を始めていた。一部を数えて全体を推すことを、すでに商売にしていたのである(無作為抽出)。装置を改良した彼は、1942年、全国のラジオの聴取を測る調査を始めた。選んだ世帯の受信機に装置を取り付け、記録されたテープを郵便で回収する。1950年からはテレビにも広げ、やがてテレビが仕事の中心になっていった。
方法の要は、どの世帯を選ぶかである。同じ頃、政府の統計でも、全員を数えずに一部から全体を推す方法が取り入れられつつあった(全部は数えない)。全国の世帯から無作為に選び、地域や収入、家族の構成などで偏りが出ないように組み立てる。初めは千数百世帯ほどだった標本は年とともに増え、2020年代には数万世帯になっている。装置も進んだ。1987年には、家族の一人一人に割り当てたボタンを、見始めるときと見終わるときに押してもらう装置が導入され、誰が見ているかまで分かるようになった。もっとも、人はボタンを押し忘れる。装置の無い地域では、見た番組を手書きの日記に付けてもらった。日記を集める調査は年に数回の決まった時期に行われ、各局はその期間に最も強い番組をぶつけた。
やがて、番組の生死がこの数字で決まるようになった。数字が取れなければ打ち切られる。測られているのは、面白いかどうかではない。何人がそのチャンネルに合わせているか、いつ消したか、そして次の番組までどれだけ残ったか、である。強い番組の直後に育てたい番組を置き、前の番組の視聴者をそのまま引き継がせる編成が、どの局でも当たり前になった。
表現も、数字の形に合わせて変わっていった。冒頭の数分で見る人をつかみ、チャンネルを変えさせない。話の山場の直前で広告を入れ、続きが気になるようにする。そして誰が見ているかにも合わせる。広告主が特に欲しがるのは、18歳から49歳の層だった。この層に受ける番組が優先され、見る人の数は多くても、年配の視聴者に人気のある番組が打ち切られることも起きた。
日本でもテレビの放送が始まると(テレビ放送の始まり)、同じ仕組みが入ってきた。1961年にはニールセンが日本で機械による測定を始め、翌1962年には広告会社や放送局が出資したビデオリサーチが設立された。二つの会社が並び立つ時代が長く続いたが、ニールセンは2000年に日本のテレビの調査から手を引き、以後はビデオリサーチの数字が業界の物差しになった。視聴率は日本でも、番組の続行や出演者の起用を左右する数字として扱われてきた。
批判も絶えなかった。選ばれた世帯は本当に全体を映しているのか。装置を家に置くことを承知する世帯は、そもそも偏っているのではないか。テレビがついていても誰も見ていない時間や、見ていても心は別のところにある時間は測れない。翌日に職場で話題になったかどうかも、数字には表れない。録画が広がると、人は広告を早送りで飛ばすようになり、放送の当日だけでなく、数日後までの視聴を合わせて数える集計が作られた。
さらに配信の時代が来た。動画配信の会社は、会員の一人一人が何をどこまで見たかを、標本ではなく全員について自分で記録している。そして多くの場合、その数字を外に出さない。どの局のどの番組も同じ物差しで比べる、という視聴率の役割は、少しずつ失われつつある。
それでも、注意を測って売るという仕組みは消えていない。むしろ桁違いに細かくなった。画面のどこを何秒見たか、どこで指を止めたかまでが記録され、それが広告の値段を決める。ニールセンが数千世帯の記録から全国を推し量ったのに対し、いまは利用者全員の実際の行動が記録されている。だが、やっていることの芯は同じである。いま誰が何を見ているかを数字にし、その数字が、次に何が作られるかを決めていく。