概要
掛け算を足し算に変える。スコットランドの領主ジョン・ネイピアが20年かけて表を作った。数を並べ、その指数を並べれば、掛けたい二数の指数を足して引き直せばよい。天文学者は、それまで何日もかけていた計算を数時間で済ませられるようになった。ラプラスが「天文学者の寿命を二倍にした」と言った。ブリッグズが常用対数に直し、オートレッドが二本の対数目盛りを滑らせる計算尺を作った。この道具は、アポロ計画まで使われた。
場所
55.95°N -3.19°E · イギリス・スコットランド
関わった人(1)
ジョン・ネイピアAD1550年–AD1617年4月4日 · 作った本文
16世紀後半、天文学と航海術が、計算の壁に当たっていた。
ティコ・ブラーエの観測は精密になり、その位置を計算するには、6桁、7桁の数の掛け算と割り算を、何百回も行う必要があった。
一つの掛け算に、数分から十数分。ケプラーは火星の軌道の計算に、900ページ、4年を費やした。
**当時の逃げ道**。「プロスタファイレシス」——三角関数の公式(積和公式)を使って、掛け算を三角関数の表の引き算に変える技法。使えたが、面倒だった。
**ジョン・ネイピア**。スコットランド、エディンバラ近郊のマーチストン城の領主。
彼が当時知られていたのは、数学ではない。1593年の『ヨハネ黙示録の明白な発見』——教皇を反キリストと論じた神学の書。これは各国語に訳され、版を重ねた。彼自身は、これを生涯の仕事と考えていた。
対数は、彼にとって余技だった。20年を費やした余技である。
**着想**。
二つの数列を並べる。
等比数列:1, 2, 4, 8, 16, 32, 64, 128… 等差数列:0, 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7…
上の段の 8 と 16 を掛けたい。下の段の対応する数、3 と 4 を足すと 7。上の段の 7 番目は 128。
8 × 16 = 128。
**掛け算が、足し算になった**。
問題は、この対応が飛び飛びなことである。上の段に無い数は掛けられない。
ネイピアは、この対応を**連続にした**。二つの点が、一方は一定の速さで、他方は残りの距離に比例した速さで動く、という運動を考えて、その位置の関係として定義した(微積分がまだ無いので、運動学の言葉で書くしかなかった)。
**1614年**、『**驚くべき対数の法則の記述**』(Mirifici Logarithmorum Canonis Descriptio)。ラテン語。57ページの解説と、90ページの表。
「ロガリズム」は彼の造語。ギリシア語の logos(比)+ arithmos(数)。
**ブリッグズ**。ロンドンのグレシャム・カレッジの幾何学教授**ヘンリー・ブリッグズ**が、この本を読んだ。
彼は友人に手紙を書いた。「私はいま、ネイピアの新しい、驚くべき対数に、頭も手も奪われている。……もし神の思し召しがあれば、この夏、私はこの人に会うために、スコットランドへ行く」。
1615年、彼はエディンバラへ行った。二人は初対面で、ほぼ15分間、互いに何も言わずに見つめ合った、と伝えられる。
ブリッグズが提案した。基準を変えよう。log 1 = 0、log 10 = 1 とする(**常用対数**)。そうすれば、桁の移動が、そのまま整数部分の増減になり、表が小数部分だけで済む。
ネイピアは同意した。既に自分でも同じことを考えていた、と答えた。しかし、彼は病んでいた。
1617年、ネイピア死去。
ブリッグズが引き継ぎ、1617年に1〜1000の、1624年に **1〜2万と9万〜10万の、14桁の常用対数表**を作った。空いた部分は、オランダのエズラーヘが埋めた。
**効果**。
ラプラスが後に書いた。「対数は、労力を短縮することによって、**天文学者の寿命を二倍にした**。そして、長い計算につきものの誤りと嫌悪を免れさせた」。
ケプラーは、対数を使って『ルドルフ表』(1627年)を完成させた。彼はネイピアに感謝を捧げている。
**計算尺**。
1620年、エドマンド・ガンターが、対数の目盛りを刻んだ物差しを作った(ガンター尺)。距離を足すことで、掛け算ができる。
1622年、**ウィリアム・オートレッド**が、二本の対数尺を滑らせる形にした。**計算尺**の誕生。
以後350年、技術者の道具であり続けた。
- ブルネルの船と橋。 - エッフェル塔。 - ボーイングの飛行機。 - 原爆の設計(ロスアラモス。ファインマンは計算尺の名手だった)。 - **アポロ計画**。1969年、月へ向かう宇宙船の中で、乗組員はピッケット社のN600-ES計算尺を持っていた。
1972年、ヒューレット・パッカードが HP-35(対数と三角関数を計算できるポケット電卓)を発売した。395ドル。
数年で、計算尺は消えた。工場が閉鎖され、技術者が引き出しにしまい込んだ。350年続いた道具の終わりは、5年ほどだった。
対数そのものは、消えていない。指数関数的な現象を扱うあらゆる場所——音の大きさ(デシベル)、地震(マグニチュード)、酸性度(pH)、星の等級、情報量(ビット)、そして計算量の理論——に、いまも住んでいる。