概要
夜を明るくする最良の油は、マッコウクジラの頭部から採れた。煙が少なく、臭わず、白く明るい。頭の中の脳油は冷えると蝋になり、ほとんど煤の出ない蝋燭になった。ナンタケット島とニューベッドフォードの船が、大西洋から太平洋へ、そして日本の沖へと漁場を広げていく。航海は三年に及んだ。乗組員は多様で、逃亡奴隷と先住民と各国の船乗りが同じ船で働いた。鯨油の値が高騰し、そして石油とガス灯が、この産業を終わらせた。
場所
41.28°N -70.10°E · アメリカ・マサチューセッツ州
本文
**油**。
(——**夜を、明るくするもの**。
〈**(1)**獣脂の蝋燭**(tallow)。
**——**安い**。**そして、**煙り、臭い、**そして、**融けて垂れる**。
**(2)**蜜蝋の蝋燭**。
**——**良い**。**そして、**極めて、高い**。
**〈——教会と、宮廷。〉**
**(3)**植物油**(オリーヴ、菜種、亜麻仁)。
**——**煙が出る**。
**(4)そして——**鯨油**。〉)
**二種類**。
(**(1)**普通の鯨油**(whale oil、train oil)。
〈**——**セミクジラ、ザトウクジラなど**の、**皮下の脂肪を、煮て、採る**。
**——**燃える**。**そして、**臭う**。
**——**街灯と、機械の潤滑油**に、使われた**。〉
**(2)**マッコウクジラの油**。
〈**——**そして、これが、**別格である**。
**(a)**鯨蝋**(spermaceti)。
**——**マッコウクジラの、**頭部の、巨大な器官**に入っている**。
**〈——「脳油器官」。**
**——一頭から、**数トン**、採れることがある。**
**——そして、その器官が何のためにあるかは、**いまも、完全には、分かっていない**。**
**〈——浮力の調節。**
**——あるいは、**音波を、束ねるレンズ**。〉〉**
**——**冷えると、**白い、蝋のような固体になる**。
**——**それを、**蝋燭にする**。
**〈——**煤が、ほとんど出ない**。**
**——臭わない。**
**——そして、**白く、明るい**。**
**——「最高の蝋燭」である。〉**
**〈——そして、**「カンデラ」**という光度の単位。**
**——もともと、**鯨蝋の蝋燭一本の明るさ**を、基準にしていた。**
**〈「標準燭」。**
**——1860年のイギリスの規格。**
**——鯨蝋の蝋燭、重さ六分の一ポンド、毎時120グレイン燃焼。〉〉**
**(b)**そして、**マッコウクジラの、体の油**。
**——**灯火用として、**最も、優れていた**。〉)
**ナンタケット**。
(——**マサチューセッツ沖の、**小さな島**。
〈**——**土地が、痩せている**。
**——**農業に、向かない**。
**——**そして、**海しか、無い**。〉
**——**もともと、**先住民のワンパノアグ族**が、**浜に打ち上げられた鯨を、利用していた**。
〈**——**そして、**沿岸で、鯨を追う技術**も、持っていた**。
**——**入植者が、**それを、教わった**。
**〈——初期の捕鯨船の乗組員の、**相当部分が、先住民**である。**
**——そして、彼らは、**低い賃金と、借金で、縛られていた**。〉**〉
**1712年**。
〈**——**逸話**。
**——**クリストファー・ハッシー**の船が、**嵐で、沖へ流された**。
**そして、そこで、**マッコウクジラに、出会った**。
**——**それを、仕留めて、持ち帰った**。
**——**「沖に、あれがいる」**。
**〈——この話の細部には、**後世の脚色がある**。**
**——それでも、**この時期に、沖合の捕鯨が始まった**ことは、確かである。〉**〉
**——**そして、**遠洋捕鯨**が、始まった**。〉)
**航海**。
(——**大西洋から、**次第に、遠くへ**。
〈**——**18世紀後半——**南大西洋、ブラジル沖**。
**——**1788年——**ホーン岬を回って、太平洋へ**。
**——**1791年——**ガラパゴス沖**。
**——**1820年代——**日本の沖**(「ジャパン・グラウンド」)。
**——**1840年代——**北極海(ベーリング海)**。〉
**期間**。
〈**——**一回の航海が、**三年から四年**。
**——**そして、**五年**に及ぶこともあった**。〉
**乗組員**。
〈**——**極めて、多様である**。
**——**逃亡奴隷、自由黒人、先住民、ポルトガル領アゾレスとカーボヴェルデの島民、ハワイ人、そして各国の船乗り**。
**——**理由は、単純である**。
**〈——**過酷で、危険で、そして、報酬が不確かな仕事**である。**
**——他に行き場のない者が、乗った。〉**
**——**そして、**船の上では、**技能が、序列を決めた**、と、しばしば言われる**。
**〈——**アブサロム・ボストン**(ナンタケット出身の、黒人の船長)。**
**——1822年、**全員が黒人の乗組員**で、航海した。**
**——ただし、**これを、平等の証拠として、単純化してはならない**。**
**——賃金と、待遇には、**明白な差別があった**。〉**〉
**報酬**。
〈**——**「レイ」**(lay)**という、**歩合の制度**。
**——**航海の総利益の、**何分の一**を、受け取る**。
**〈——船長は、**十六分の一から八分の一**。**
**——普通の水夫は、**百五十分の一から二百分の一**。**
**——そして、そこから、**船で買った衣類と道具の代金が、引かれる**。**
**——結果、**三年働いて、借金だけが残った**、という記録がある。〉**〉)
**規模**。
(——**1840年代、**最盛期**。
〈**——**アメリカの捕鯨船、**約700隻**。
**——**世界の捕鯨船の、**四分の三以上**である**。
**——**そして、**中心は、**ニューベッドフォード**(本土側)に、移っていた**。
**〈——ナンタケットの港が、浅く、**大型船が入れなくなった**。**
**——そして、1846年の大火。〉**
**——**「世界で最も豊かな街」**と、呼ばれた**。〉
**そして、**メルヴィル**。
〈**——**ハーマン・メルヴィル**は、**1841年、**捕鯨船アクシュネット号**に乗った**。
**——**そして、**マルケサス諸島で、脱走した**。
**1851年、**『白鯨』**。
**——**そして、**売れなかった**。
**〈——彼が生きている間、**約3,000部**しか売れていない。**
**——1920年代に、**再発見された**。〉〉**)
**終わり**。
(**(1)**鯨が、**減った**。
〈**——**獲りすぎた**。
**——**そして、**遠くまで行かなければ、見つからなくなった**。
**——**航海が、長くなり、**採算が、悪くなった**。〉
**(2)**1859年、**ドレークの油井**。
〈**——**灯油**(ケロシン)。
**——**安い**。**そして、**明るい**。
**——**数年で、**鯨油の値が、崩れた**。〉
**(3)**南北戦争**。
〈**——**南軍の通商破壊船**が、**捕鯨船を、焼いた**。
**——**そして、**「石の艦隊」**。
**〈——北軍が、**古い捕鯨船を買い上げ、石を積んで、**
**——南部の港の入口に、**沈めた**。**
**——封鎖のためである。〉**〉
**(4)そして、**1871年、**北極の惨事**。
〈**——**アラスカ沖で、**氷に閉じ込められた**。
**——**32隻**の捕鯨船が、**放棄された**。
**——**1,219人**は、**全員、救出された**(他の船が、荷を捨てて、乗せた)。
**——**そして、**船隊が、壊滅した**。〉
**——**19世紀末には、**アメリカの捕鯨は、事実上、終わった**。〉)
**そして**。
(——**鯨は、**その後も、獲られ続けた**。
〈**——**20世紀の、**工船式の捕鯨**。
**——**そして、**その規模は、**19世紀の帆船の時代を、はるかに超えている**。
**〈——20世紀に、推定**300万頭**が、獲られた。**
**——そして、目的は、**灯りではなく、**マーガリンと、石鹸と、そして食肉**である。〉**
**1986年、**商業捕鯨のモラトリアム**(国際捕鯨委員会)。〉
**——**そして、**シロナガスクジラの個体数は、**捕鯨前の、数パーセント**である、と推定されている**。)