概要
球を平面にすると、必ずどこかが歪む。メルカトルは、角度を正しく保つほうを選んだ。緯線を等間隔にせず、高緯度ほど引き伸ばす。すると、地図の上で直線を引けば、それが「羅針盤の針を一定に保って進む針路」(等角航路)になる。船乗りにとって、これ以上ないものだった。代償として、面積が壊れた。グリーンランドがアフリカと同じ大きさに見える。この歪みは、後に政治の議論になった。
場所
51.22°N 4.40°E · ベルギー
関わった人(1)
ゲラルドゥス・メルカトルAD1512年3月5日–AD1594年12月2日 · 考案した本文
地球は球である。地図は平面である。球を平面に写すと、必ずどこかが歪む。角度か、面積か、距離か、方向か——何を保ち、何を諦めるかを選ばなければならない。
**船乗りの困りごと**。
羅針盤の針を一定の方角に保って進むと、その航跡は地球の上で螺旋を描く(**等角航路**、ロクソドローム)。これは最短距離(大円)ではないが、船の上で実行できる唯一の簡単な針路である。
ところが、当時の海図の上では、この航路は曲線になる。定規で直線を引いて、その方位で進むと、目的地に着かない。距離が長いほど、ずれが大きい。
**メルカトルの解**。1569年、デュースブルク。『**航海者の使用のために新しく増補された地球全図**』。全18枚、貼り合わせると縦124cm×横202cm。
彼がしたこと。経線を、全部、平行な等間隔の直線にする(本来は極で収束する)。すると、東西方向が、高緯度ほど引き伸ばされる。緯度φのところで 1/cos φ 倍。
そこで、**南北方向も同じ比率で引き伸ばす**。緯線の間隔を、赤道から離れるほど広げていく。
こうすると、地図上の微小な図形が、実際の形と相似になる(**正角**)。角度が保たれる。だから、等角航路が、地図上で直線になる。
代償は面積である。緯度60度で縦横2倍(面積4倍)、緯度80度で約6倍(面積33倍)。極は無限遠へ飛ぶので、描けない。
**グリーンランドがアフリカと同じ大きさに見える**。実際にはアフリカの14分の1である。
**数学**。メルカトル自身は、緯線の間隔をどう決めたか、数式では説明していない。作図と表から求めたらしい。厳密な理論(緯線の間隔は正割の積分で決まる。ln(tan(45°+φ/2)) )は、1599年にイギリスのエドワード・ライトが与えた。積分がまだ発明されていない時代である。
**普及の遅れ**。実は、船乗りはすぐには使わなかった。当時の航海では緯度は測れても経度が測れず、この図法の利点を活かせなかったからである。18世紀、経度が測れるようになって初めて、本領を発揮した。
**その後の議論**。
19世紀から20世紀、この図法が世界の壁に掛かった。学校の教室に。そして、ヨーロッパと北米が大きく、赤道付近のアフリカと南アメリカと東南アジアが小さく見える世界像が、何世代にもわたって刷り込まれた。
1973年、ドイツの歴史家**アルノ・ペータース**が、面積の正しい図法(正積円筒図法。19世紀のジェームズ・ゴールが既に提案していたものと実質同じ)を「ペータース図法」として発表し、メルカトルは帝国主義の地図だと激しく攻撃した。国連機関やNGOが採用した。
地図学者たちは、ペータースの数学的な主張の誤りと、その図法の形の歪み(大陸が縦に伸びて見える)を指摘した。1989年、アメリカの主要な地理学の7団体が、「教育の場では、どちらの長方形の世界図も使うべきでない」という共同声明を出した。
(現実には、ウェブ地図が「ウェブ・メルカトル」という変種を採用したため、いま世界で最も多く見られている世界図は、やはりメルカトルの子孫である。ズームして狭い範囲を見る用途では、角度が正しいことが効くからである。)
**メルカトル自身**。フランドルの靴屋の子。ルーヴァンで学び、地球儀と測量器具を作って売った。1544年、異端の嫌疑で7か月投獄された(同じ嫌疑で、他に43人が捕らえられ、うち数人が焼かれ、生き埋めにされた)。釈放後、寛容なデュースブルクへ移った。
彼が地図帳に「**アトラス**」という名を与えた。序文で、天を担ぐ巨人ではなく、伝説上のマウレタニアの王で天文学者だったアトラスにちなむ、と書いている。この語が、地図帳の普通名詞になった。