概要
白リンの蒸気を吸い続けると顎の骨が腐る。「燐顎」と呼ばれ、患部は暗闇で青白く光り、外科医は骨を削り取るしかなかった。ロンドン東部のブライアント・アンド・メイ社では、十代の少女が長時間働き、遅刻や取り落としに罰金を科されていた。アニー・ベサントが労働の実態を記事にすると、会社は署名を強要しようとし、拒んだ女性が解雇された。千四百人が仕事を止めた。三週間で罰金制度が廃され、組合ができた。白リンの使用が英国で禁じられるのは、その二十年後である。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
本文
**燐顎**。
(——**「フォッシー・ジョー」**(phossy jaw)。
〈**——**正しくは、**リン性顎骨壊死**。
**——**白リンの蒸気を、**吸い続けると、起きる**。〉
**——**進み方**。
〈**(1)**まず、**歯が、痛む**。
**〈——虫歯や、抜歯の跡から、入ることが多い。〉**
**(2)**そして、**顎が、腫れる**。
**(3)さらに、**膿が、出る**。
**〈——独特の、**強い臭い**がある。〉**
**(4)そして、**骨が、腐っていく**。
**〈——暗闇で、**青白く、光った**という証言が、複数、残っている。**
**——リンの、発光である。〉**
**(5)さらに、**顎の骨を、**外科的に、削り取る**しかない**。
**〈——顔が、変形する。**
**——手術をしなければ、**臓器の障害で、死ぬ**ことが多かった。〉〉**
**——**そして、**避けられた**。
〈**——**罹った者は、**工場を、辞めさせられる**。
**——**そして、**記録に、残らない**。〉)
**ブライアント・アンド・メイ**。
(——**ロンドン東部、**ボウ**。
〈**——**1843年、**創業**。
**——**当時、**イギリス最大のマッチ会社**。
**——**そして、**株主への配当は、**年に、二割を超えていた**。〉
**——**働いていたのは**。
〈**——**多くが、**十代の少女**。
**——**アイルランド系の、**移民の家の子**が、多かった**。
**——**朝六時半から、夕方六時まで**。
**——**夏は、**朝六時から**。〉
**——**賃金**。
〈**——**週に、**四シリングから、九シリング**ほど**。
**——**そして、**罰金が、そこから引かれた**。〉)
**罰金**。
(**(1)**遅刻**。
〈**——**半日分の賃金**。〉
**(2)**そして、**話をした**。
**(3)さらに、**手を洗った**。
**(4)そして、**マッチを、床に落とした**。
**(5)さらに、**作業台が、汚れていた**。
**(6)そして、**便所に、行った**。
〈**——**許可を、取らずに、行けば。〉
**——**現場監督が、**額を、決めた**。
〈**——**基準は、**書かれていない**。〉
**——**さらに**。
〈**——**食事を、**作業場で、取る**。
**——**手にリンが付いたまま、**パンを、掴む**。
**——**それが、**中毒の、大きな経路だった**。〉)
**記事**。
(**1888年6月23日**。
〈**——**週刊紙**『ザ・リンク』**。
**——**アニー・ベサント**(1847〜1933年)が、書いた**。
**〈——社会主義者。**
**——後に、神智学へ移り、インドの自治運動に加わる。〉**
**——**題は、**「ロンドンの白人奴隷」**という趣旨のもの**。〉
**——**きっかけは、**フェビアン協会の会合**である**。
〈**——**そこで、**この会社の労働条件が、報告された**。
**——**ベサントは、**工場の門で、**働く女性たちに、話を聞いた**。〉
**——**書いたこと**。
〈**——**賃金と、**罰金の一覧**。
**——**そして、**配当の額**。
**——**さらに、**会社が、**グラッドストンの像を建てるために、**賃金から、天引きした**という話**。
**〈——女性たちが、**除幕式で、腕を切って、血を像にかけた**という話が、伝えられている。〉〉)**
**7月5日**。
(——**会社が、**記事を、否定させようとした**。
〈**——**「労働条件に、不満は無い」**という書面に、**署名を求めた**。
**——**多くが、**拒んだ**。
**——**そして、**一人が、解雇された**。〉
**——**その日のうちに**。
〈**——**その職場が、**手を止めた**。
**——**翌日には、**工場全体**。
**——**千四百人**。〉
**——**組織されていなかった**。
〈**——**組合が、**先にあったのではない**。
**——**止まってから、**ベサントのところへ、行った**。
**——**「どうすればいいか」**と**。〉)
**三週間**。
(**(1)**基金**。
〈**——**新聞が、**取り上げた**。
**——**寄付が、**集まった**。〉
**(2)**そして、**行進**。
〈**——**議会へ、**歩いた**。
**——**議員が、**話を聞いた**。〉
**(3)さらに、**世論**。
〈**——**「配当二割の会社が、**便所に行った罰金を取る**」。
**——**この対比が、**効いた**。〉
**(4)そして、**7月中旬、**会社が、折れた**。
〈**——**罰金制度の、**廃止**。
**——**中間業者を通した賃金の、**やめ**。
**——**作業場と別の、**食堂**。
**——**そして、**組合の、承認**。〉
**——**マッチ女工組合**が、できた**。
〈**——**当時、**女性だけで作られた組合として、最大**。
**——**ベサントが、**初代の書記になった**。〉)
**その後**。
(**(1)**すぐには、**変わらなかった**。
〈**——**白リンの使用は、**続いた**。
**——**燐顎も、**続いた**。〉
**(2)**そして、**セイラム・アームズ**。
〈**——**1891年、**救世軍**が、**赤リンを使う工場を、開いた**。
**——**賃金は、**倍近い**。
**——**そして、**見学者を、入れた**。
**〈——「安全なマッチは、作れる」ことを、示すため。〉〉**
**(3)さらに、**1901年**。
〈**——**ブライアント・アンド・メイが、**白リンの使用を、やめた**。〉
**(4)そして、**1908年**。
〈**——**イギリスが、**白リンマッチの製造を、法で禁じた**。
**——**ストライキから、**二十年**。〉)
**残ること**。
(——**「新組合主義」**の、始まりとされる**。
〈**——**それまでの組合は、**熟練工のもの**だった**。
**——**技能があるから、**替えがきかない**。
**——**だから、**交渉できた**。〉
**——**この件は、**逆である**。
〈**——**替えのきく、**未熟練の、**若い女性たち**。
**——**それでも、**止められた**。
**——**翌年の、**ロンドン港湾ストライキ**が、これに続く**。
**〈——十万人。**
**——そして、勝った。〉〉**
**——**そして**。
〈**——**火を、**一秒で作れるようになった**([[friction-match]])。
**——**その一秒の代償を、**誰が払っていたか**が、**ここで、初めて、公に見えた**。
**——**便利さの値段は、**買う側の帳簿には、載らない**。〉)