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Event / できごと

マラヤ危機

Malayan Emergency
1948年 – 1960年
期間を持つできごと重要度 3

概要

共産党の武装闘争を、イギリスが50万人の住民を強制移住させて封じ込めた。この方法が、のちにベトナムでアメリカが真似て失敗する。

場所

クアラルンプール
3.14°N 101.69°E · マレーシア

本文

1948年、マラヤ共産党が武装闘争に入った。 主力は華人で、日本軍と戦ったゲリラの組織がそのまま残っていた。

イギリスはこれを「戦争」ではなく「非常事態」と呼んだ。 戦争にすると、保険が農園の損害を払わなくなるためだった、という説明が当時からある。

対策の中心は、軍事ではなく人の配置だった。 ジャングルの縁で暮らしていた華人50万人を、 柵と灯りと警備のある「新村」へ移した。 食料がゲリラへ流れる道を断つのが狙いになる。

同時に、独立を約束した。 戦っても得られるものが、待てば得られる。

1960年に非常事態が解かれ、マラヤは1957年に独立していた。

この方法は「マラヤの成功」として研究され、 アメリカがベトナムで戦略村として真似た。 そこでは、独立を約束する側がいなかった。

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