概要
前漢から後漢にかけて、複数の手で編まれた。九つの章に246の問題を並べる。田の面積、穀物の交換、土木の人手と工期、税の按分、そして測量である。すべて、問い、答え、術の順で書かれ、証明は無い。分数の計算、負の数、連立一次方程式の解法、平方根と立方根、そしてピタゴラスの定理にあたる勾股の術が含まれる。3世紀に劉徽が注を付け、円周率を三千七十二角形から求めた。東アジアの数学は、以後千五百年、この書の注釈として展開した。
場所
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省
本文
**書**。
**『九章算術』**(きゅうしょうさんじゅつ)。
(**成立——**前漢から後漢**(BC2世紀〜AD1世紀頃)。
**——**一人の著者は、いない**。
〈**複数の手で、**積み重ねられた**。
**そして、**張蒼**(BC2世紀)と**耿寿昌**(BC1世紀)が、**整理した**と伝えられる**。
**——ただし、**確証は無い**。〉
**構成——**九章、246問**。〉)
**九つの章**。
**(1)方田**——**田の面積**。
〈**長方形、三角形、台形、円、扇形、弓形**。
**そして——**分数の計算**が、ここで扱われる**。
**約分、通分、加減乗除**。
——**田の面積を出すのに、**分数が要る**からである**。〉
**(2)粟米**——**穀物の交換**。
〈**——**比例の計算**である**。
**「粟(もみ)一斗は、精米いくらか」**。
**——**換算率の表がある**。〉
**(3)衰分**——**按分**。
〈**——**比例配分**である**。
**「税を、身分に応じて割り振る」**。
**「利益を、出資に応じて分ける」**。〉
**(4)少広**——**面積から辺を求める。平方根と立方根**。
〈**——**開平法、開立法**の手続きが、書かれている**。
**筆算に近い、系統的な方法である**。〉
**(5)商功**——**土木**。
〈**——**城壁、堤防、溝、倉庫の体積**。
**そして——**何人で、何日かかるか**。
**〈労働量の計算である。〉**〉
**(6)均輸**——**輸送と税の公平な配分**。
〈**——**距離と、人口と、道の状態を考慮して、**各地の負担を決める**。
**極めて実務的である**。〉
**(7)盈不足**——**過不足算**。
〈**——**二回、当てずっぽうに答えを置いて、そのずれから、正しい答えを出す**。
**「試位法」**(regula falsi)。
**——**ヨーロッパにも、イスラーム世界にもある方法だが、**この書のものが、最も体系的**である**。〉
**(8)方程**——**連立一次方程式**。
〈**——**係数を、格子状に並べて、消していく**。
**そして、**負の数の規則**が、ここに現れる**。
**「正負術」**——**同名相除、異名相益**(同符号なら引き、異符号なら足す)。
**〈算木の、赤と黒。〉**
**——**世界で最も早い、負の数の体系的な扱い**である**。〉
**(9)勾股**——**直角三角形**。
〈**——**ピタゴラスの定理**にあたる**。
**「勾(短辺)の平方と、股(長辺)の平方を足せば、弦(斜辺)の平方になる」**。
**そして、**それを使った測量**。
**——**川幅、木の高さ、井戸の深さ**。〉
**形式**。
(——**すべて、**問い、答え、術**の順である**。
**「今、田がある。広さ十五歩、従(たて)十六歩。**問う、田は幾何ぞ**」**
**「答えて曰く、一畝」**
**「方田の術に曰く、広従の歩数を相乗じて、積歩を得**……」
**——**証明は、無い**。
〈**これが、**ギリシアの数学との、決定的な違い**である**。
**ユークリッドは、**なぜそうなるか**を、示す**。
**『九章算術』は、**どうすればよいか**を、示す**。
**——**手続き(アルゴリズム)の書**である**。
〈**そして、この違いを、**優劣として語るのは、適切ではない**。
**問題が、違う**。
**——実務の計算に、証明は要らない**。**正しく速い手続きが要る**。〉〉)
**劉徽**。
**AD263年、注釈を書いた**。
(——**ここで、**証明に近いもの**が、入る**。
**彼は、**術がなぜ正しいか**を、説明しようとした**。
**方法——**割補**(図形を切って、組み替える)。
〈**——**面積の公式を、図の変形で示す**。〉
**そして——**円周率**。
**円に内接する正多角形の周を、**辺の数を倍にしながら、計算していく**。
**正六角形 → 十二 → 二十四 → 四十八 → 九十六 → 一九二**。
**そして、**正3072角形**まで、進んだ**(一説には、後の追記)。
**得た値——**3.1416**。
〈**「割之弥細、所失弥少。割之又割、以至於不可割、則与圓合體而無所失矣」**。
**——**「細かく割れば割るほど、失うものは少なくなる。割って、また割って、割れなくなるところまで行けば、円と一つになって、失うものが無い」**。
**——**極限の考え方**が、そこにある**。〉
**さらに、**劉徽は、こう述べた**。
**「体積の問題(球の体積)については、**わたしには解けない**。後の人を待つ」**。
〈**——**正直に、**分からないと書いた**。
**そして、**祖沖之と祖暅**(5世紀)が、**それを解いた**。
**——**カヴァリエリの原理と、実質的に同じ原理**を使って**。
**〈ヨーロッパで、カヴァリエリが同じことを述べるのは、1635年である。〉**〉)
**その後**。
(**唐代、**国子監の算学**の教科書になった**。
**——**『算経十書』**の筆頭である**。
**そして、**科挙の明算科**の、必修になった**。
〈**——**官吏が、これを学んだ**。
**税と、土木と、輸送を、扱うためである**。〉
**朝鮮、日本、ヴェトナムへ**。
〈**日本の**大宝令**(701年)に、**算博士**が置かれ、**この書が教科書に指定されている**。〉
**そして——**東アジアの数学は、以後千五百年、この書の注釈と、その延長として展開した**。
〈**宋・元の**天元術**、**四元術**。
**そして、日本の**和算**。〉)
**そして**。
(——**明代に、**一部が失われた**。
**清代に、**『永楽大典』**などから、復元された**。
**〈戴震らの、乾嘉の学の仕事である。〉**
**——そして、**19世紀に西洋数学が入ってきたとき**、
**中国の学者は、こう言った**。
**「これは、**わが国に、既にあった**」**。
〈**——**部分的には、正しい**。**そして、部分的には、正しくない**。
**この主張は、**「西学中源説」**として、**当時の思想の争点になった**。〉)