← 地図で見る
Event / できごと

会昌の廃仏

Huichang persecution of Buddhism
AD845年
重要度 4

概要

道教を信じる皇帝が寺4600を壊し、僧尼26万人を還俗させた。教団の富が国庫に入る。中国の仏教は、以後この打撃から完全には戻らない。

場所

長安
34.27°N 108.95°E · 中国・陝西省西安

本文

武宗は道教を信じていた。

道士が、仏教を排するよう勧めた。

理由は宗教だけではなかった。

寺は税を払わない。

僧は兵役も労役も免れる。

寺が土地と奴婢を持ち、経済を握っていた。

845年、勅が出た。

寺4600を壊し、小さな寺4万を壊す。

僧尼26万人を還俗させ、 寺の奴婢15万人を解放して税を課す。

銅の仏像を溶かして貨幣にする。

三武一宗の法難のうち、最大のものになる。

円仁が長安でこれを見て、日記に書いた。

翌年、武宗が死んだ。

丹薬の中毒とされる。

次の皇帝が仏教を戻した。

だが、寺の富と学問の蓄積は戻らなかった。

経典と論書を要する宗派が衰え、 禅と浄土が残った。

中国の仏教の形が、ここで変わった。

出典(1)

円仁 入唐求法巡礼行記巻4(会昌5年)

同じ時代のできごと

ウシュマルとプウク様式AD8〜10世紀張保皐の清海鎮AD828年バグダードの知恵の館AD830年頃大モラヴィア国AD833年ミフナ(審問)AD833年甘露の変AD835年サーマッラーへの遷都AD836年円仁の入唐求法AD838年