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Event / できごと

『ガリヴァー旅行記』

Gulliver's Travels
AD1726年10月28日
重要度 5

概要

ダブリンの聖パトリック大聖堂の首席司祭が、匿名で。小人の国(政争と戦争の縮図)、巨人の国(人間の醜さ)、空飛ぶ島ラピュタ(学者の愚かさ。火星の衛星2つを予言した)、馬の国(人間が家畜ヤフー)。子供の本にされて、第4部は削られた。「私は人間という種を憎む」。イギリスとアイルランドへの怒りで書いた。

場所

ロンドン
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド

関わった人(1)

ジョナサン・スウィフトAD1667年11月30日–AD1745年10月19日 · 書いた

本文

1721年から書いた。スクリブレラス・クラブ(ポープ、ゲイ、アーバスノット、スウィフト。1714年)で計画した「マルティヌス・スクリブレラスの回想録」の一部、旅行記のパロディ、が元。1726年8月、ロンドンへ持って行って、出版社ベンジャミン・モットに、「リチャード・シンプソン」の名で原稿を送った(辻馬車から投げ込まれた、と言う)。10月28日、出版。『世界のいくつかの遠い国々への旅行記。四部。初め外科医、のち数隻の船の船長、レミュエル・ガリヴァーによる』。

モットは、危険な箇所を削って、書き換えた(第3部のリンダリーノの反乱=ダブリンの反乱の話は削られた)。スウィフトは怒った。1735年、ダブリンのフォークナーが完全な版。

第1部、リリパット(小人の国。1699〜1702年)。身長15センチ。ガリヴァーは「山男」。卵をどちらの端から割るかで、隣国ブレフスキュと戦争している(カトリックとプロテスタント)。靴の踵の高さで党が分かれている(トーリーとホイッグ)。綱渡りで大臣を選ぶ(ウォルポール)。ガリヴァーはブレフスキュの艦隊を引いて来て、宮殿の火事を小便で消して、反逆罪で目を潰されることになって、逃げる。

第2部、ブロブディンナグ(巨人の国。1702〜06年)。身長18メートル。ガリヴァーは玩具。王にイングランドの政治と歴史を説明すると、王は「あなたの同胞の大部分は、自然がこの地上を這うことを許した、最も有害な小さな害虫の種族だ」。火薬を教えようとすると、王は拒む。巨人の女の肌は、近くで見ると、穴と染みで醜い。

第3部、ラピュタ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリブ、日本(1706〜10年)。空飛ぶ島(磁石で。イングランドのアイルランド支配)。ラガードの研究院(王立協会の風刺。キュウリから日光を取り出す、糞を食べ物に戻す、言葉の代わりに物を持ち歩く)。ストラルドブラグ(不死の人。死ねないので、ただ老いる。「私の死への欲望は、これで消えた」)。ラピュタの天文学者は火星の衛星2つを知っている(1877年に発見された)。日本。江戸で皇帝に会い、長崎で「踏み絵」を免除してもらう。

第4部、フウイヌム(馬の国。1710〜15年)。理性を持つ馬と、人間の形の家畜ヤフー。ガリヴァーは馬に、イングランドの戦争と法律と医者と金を説明する。馬は「嘘」という言葉を持たない。ガリヴァーは自分がヤフーだと知る。追放されて、帰って、妻と子の匂いに耐えられず、馬小屋で馬と話して暮らす。

「人間という動物を愛するのでなく、ジョン、ピーター、トマスを愛する。……私は人間という種を憎み、嫌悪する(I hate and detest that animal called man)」(ポープへの手紙、1725年)。

出版から3週間で1万部。子供の本にされて(第1部と第2部だけ、または削って)、第3部と第4部は忘れられた。オーウェルは第4部を「政治的に最も危険な本の一つ」と言った。「ヤフー」はインターネットの会社の名前になった(1994年)。

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