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Event / できごと

ガダルカナルの戦い

Guadalcanal Campaign
AD1942年8月7日 – AD1943年2月9日
期間を持つできごと重要度 4

概要

半年の消耗戦で日本軍は撤退した。戦死より餓死と病死が多く、「餓島」と呼ばれる。以後、太平洋の戦線は押し返される一方になる。

場所

ガダルカナル位置は特定されていない(誤差 ±60km)
-9.65°N 160.16°E · ソロモン諸島

本文

半年の消耗戦になった。

アメリカが、日本の建設中の飛行場を奪った。

日本側が、それを取り返そうとして 兵力を小刻みに投入する。

一度に送れない。 制空権と制海権が定まらないためになる。

結果、少数ずつ投入しては壊滅する という繰り返しになった。

補給が届かない。

日本側の死者2万のうち、 戦死は5千程度で、 残りは餓死と病死とされる。

「餓島」と呼ばれた。

米軍側の記録に、 死んだ日本兵の胃に草しか入っていなかったという記述がある。

撤退は成功した。 1万人余りを引き揚げている。

以後、太平洋の戦線は 押し返される一方になる。

出典(1)

戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎 失敗の本質 日本軍の組織論的研究第3章 ガダルカナル作戦

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