ギリシア人のクマエ植民
概要
エウボイア島のギリシア人がナポリ湾の北に街を建てた。イタリア本土で最初のギリシア植民市。ここからエトルリア人とローマ人がアルファベットを学んだ。ラテン文字はクマエのギリシア文字から来ている。
場所
40.85°N 14.05°E · イタリア・カンパニア州
本文
紀元前8世紀、ギリシアの人々は海の向こうへ出ていきはじめた。故郷の土地は狭く、人は増え、貴族どうしの争いも絶えない。新しい土地を求め、また金属や穀物を手に入れるために、彼らは地中海と黒海の沿岸に次々と植民市を築いた。その先頭に立ったのが、ギリシア本土の東に横たわるエウボイア島の二つの町、カルキスとエレトリアだった。エウボイアの人々は早くから東のフェニキア人と交わり、海の交易に通じていた。
紀元前770年ごろ、エウボイアの人々は、ナポリ湾の入り口に浮かぶイスキア島に交易の拠点を開いた。ギリシア人はこの地をピテクサイと呼んだ。ここで彼らが求めていたのは、北のエトルリア人の土地で採れる鉄や銅だった。島の墓からは、ギリシアやフェニキア、エトルリアの品々が混じって出土し、職人が鉄を加工していた跡も見つかっている。紀元前730年ごろの墓からは、「ネストルの杯」と呼ばれる陶器の杯が出た。杯には、この杯で飲む者は愛の女神に心をとらえられる、という意味の詩句が刻まれており、ギリシア文字で書かれた最も古い詩の一つとされる。

紀元前750年ごろ、ギリシア人はピテクサイの対岸の本土に移り、クマエ(ギリシア語でキュメ)の町を築いた。地理学者ストラボンは、カルキスのメガステネスとキュメのヒッポクレスが植民を率いたと伝え、イタリアとシチリアのギリシア人の町の中で最も古いと書いている。海に突き出た岩山の上にアクロポリスが置かれ、その下に町が広がった。こののち南イタリアとシチリアには、シラクサ(シラクサの建設)、タラス、シュバリスなど、多くのギリシア人の町が築かれ、ローマ人はこの一帯を「大ギリシア」と呼ぶようになる。
クマエが後の世界に残した最大のものは、文字だった。ギリシア人は、フェニキア人の子音だけの文字に母音の字を加えて、自分たちのアルファベットを作っていた(アルファベットの成立)。その字の形や読み方は、町や地方によって少しずつ違った。クマエの人々が使っていたのは、エウボイア式の、いわゆる西方型の字である。北のエトルリアの都市国家の人々は、交易を通じてこの字を学び、自分たちの言葉を書くのに使いはじめた。そしてローマ人を含むラテン人は、エトルリア人を通じて、あるいは直接ギリシア人から、この字を受け取った。
だから、いま世界で最も広く使われているラテン文字の形には、クマエの字の名残がある。たとえばラテン文字のCは、ギリシア文字のガンマ(Γ)に由来する。エトルリア語には濁った「ガ」の音がなかったため、ガンマの字は「カ」の音を表すのに使われ、ローマ人はそれをそのまま受け継いだ。のちに「ガ」の音を書き分けるために、Cに短い線を足してGの字が作られた。Lの形や、Xを「クス」と読むことも、西方型のギリシア文字から来ている。
クマエにはもう一つ、名高いものがあった。アポロンの神託を告げる巫女、シビュラである。伝説によれば、ローマの最後の王タルクィニウスは、クマエのシビュラから予言の書を買い取り、その書はローマの国家の大事のたびに開かれたという。ローマの詩人ウェルギリウスは『ウェルギリウス『アエネイス』』の第6巻で、トロイアの英雄アエネアスがクマエのシビュラに導かれて冥界へ降りる場面を描いた。1932年、考古学者アメデオ・マイウーリは、アクロポリスの岩山の中に、長さ130メートルあまりの台形の断面を持つ長い廊下を掘り当て、これをシビュラの洞窟と考えた。いまではこの廊下の用途には別の説もある。

クマエはしばらくナポリ湾の有力な町であり続けた。紀元前524年には攻め寄せたエトルリア人とその同盟軍を退け、紀元前474年には、シラクサの僭主ヒエロン1世の艦隊と組んで、クマエの沖でエトルリアの艦隊を破った。ヒエロンがこの勝利を記念してオリンピアのゼウスに奉納したエトルリアの兜は、いまも大英博物館に残っている。この敗北で、エトルリア人のティレニア海での力は大きく衰えた。同じころ、クマエの人々は近くに新しい町を築き、それを「新しい町」(ネアポリス)と呼んだ。いまのナポリである。
だが、紀元前5世紀の終わり、紀元前421年ごろに、クマエは内陸から来たオスク語を話す人々に奪われた。紀元前4世紀にはローマの支配下に入り、やがてローマ人の保養地の一つになっていく。6世紀には、東ローマ帝国と東ゴート王国の戦争で砦として争われ、1207年、海賊の巣になっていたこの町を、ナポリの軍が破壊した。いま丘の上には、神殿の跡と、シビュラの洞窟と呼ばれる廊下が残るだけである。それでも、私たちが毎日目にする文字の形の中に、クマエは生き続けている。