概要
大宝令で治部省の下に置かれた。唐楽、高麗楽、百済楽、新羅楽、そして倭の歌舞を、国家が教習させる役所である。楽師と楽生の定員が令に書かれている。大陸から来た音楽が、朝廷の儀式の音として制度に組み込まれた。唐の宮廷音楽そのものは中国では失われ、日本の雅楽と正倉院の楽器に、その形の一部が残った。
場所
34.69°N 135.79°E · 日本・奈良県
本文
**制度**。
**701年、大宝令**。
**治部省の下に、雅楽寮(うたまいのつかさ/ががくりょう)が置かれた**。
(——**音楽と舞踊を、国家が教える役所**である。
**朝廷の儀式で、何を、どう演奏するか**が、決められた。)
**定員**(養老令による)。
- **頭**(かみ)一人、**助**(すけ)一人、**允**(じょう)……——**官人**。 - **歌師**四人、**歌人**三十人、**歌女**百人。 - **舞師**四人、**舞生**百人。 - **笛師**二人、**笛生**六人、**笛工**八人。
そして——**外来の楽**。
- **唐楽師**十二人、**唐楽生**六十人。 - **高麗楽師**四人、**百済楽師**四人、**新羅楽師**四人、それぞれの**楽生**二十人。 - **伎楽**、**腰鼓**(くれつづみ)。
(——**合計、四百人を超える**。
**国家が、これだけの人数を、音楽のために抱えていた**。)
**何が、来たか**。
**(1)伎楽**。
**612年**、百済の**味摩之**(みまし)が、呉(中国南部)で学んだ伎楽を伝えた、と『日本書紀』にある。
(**仮面をつけた、行列の芸能**である。
——**東大寺の大仏開眼供養(752年)で、演じられた**。
〈**正倉院と法隆寺に、その面が残っている**。
**巨大で、頭からすっぽりかぶる**。異国の顔をしている。〉
**その後、廃れた**。〈中世に、絶えた。〉)
**(2)唐楽**。
**唐の宮廷の音楽**。
(——**そして、唐の宮廷音楽そのものは、中国では失われた**。
〈安史の乱、そして唐の滅亡。
**宋以降、宮廷の音楽は、別のものに変わった**。〉
**日本に、その形の一部が残った**。
——**ただし、そのままではない**。
〈**平安時代に、日本で大きく作り替えられた**。**速度が、極端に遅くなった**(原曲の数倍の長さになった、と推定されている)。
**曲の構成も、楽器の編成も、変わった**。
**だから、「唐の音楽が聞ける」というのは、正確ではない**。
**しかし、旋律の骨と、楽器の形は、伝わっている**。〉)
**(3)高麗楽・百済楽・新羅楽**。
(朝鮮半島から。
——**のちに、まとめて「高麗楽」に整理された**。)
**(4)林邑楽**(りんゆうがく)。
(**ヴェトナム中部(チャンパー)から来た、とされる**。
**736年**、**林邑の僧・仏哲**が伝えたと言われる。
〈**菩薩**、**抜頭**(ばとう)、**陵王**(りょうおう)などの曲。
——**インドの僧・菩提僊那**とともに来日した。彼が、大仏開眼の導師をつとめた。〉)
**楽器**。
**正倉院に、残っている**。
(**螺鈿紫檀五絃琵琶**。
——**五絃の琵琶は、世界にこれ一つしか残っていない**。
〈四絃はインド・ペルシア系、五絃はインド起源とされる。**中国でも失われた**。〉
そして、**箜篌**(くご、ハープ)、**排簫**(はいしょう、パンフルート)、**尺八**(現在のものとは別系統)、**笙**、**篳篥**。
——**これらの多くは、その後、雅楽の編成から落ちた**。
〈**箜篌と排簫は、絶えた**。**復元が試みられている**。〉)
**改組**。
**平安時代、9世紀**。
**楽制改革**。
(——**仁明天皇の時代(833〜850年)**を中心に、整理された。
**唐楽(左方)と、高麗楽(右方)**の、二つに分けた。
**左方は赤い装束、右方は緑の装束**。
**そして、楽器の編成が固定された**。
〈**管**——笙、篳篥、龍笛。
**絃**——琵琶、箏。
**打**——鞨鼓、太鼓、鉦鼓。〉)
**そして、雅楽寮は、衰えた**。
(**楽所**(がくしょ)が、実質を担うようになった。
——**そして、演奏は、特定の家に世襲されるようになった**。
**多氏、安倍氏、豊原氏、東儀氏、山井氏**……
〈**東儀家は、いまも雅楽を伝えている**。〉)
**三方楽所**。
(**京都(宮中)、奈良(興福寺・春日大社)、大阪(四天王寺)**。
——**それぞれ、少しずつ違う伝承を持っていた**。)
**明治**。
**1870年**、**宮内省に雅楽局**(のち**楽部**)。
**三方楽所の楽人が、東京に集められた**。
(——**伝承が、一つに統合された**。
〈**このとき、失われた差異がある**、と指摘されている。〉
そして、**楽人たちは、同時に、西洋音楽も学ばされた**。
〈**日本で最初に西洋の管弦楽を演奏したのは、雅楽の楽人である**。
——**1874年**、宮内省の楽人が、洋楽を兼修することになった。
**『君が代』の編曲**(1880年)にも、彼らが関わっている。〉)
**いま**。
**宮内庁式部職楽部**。
(——**演奏者は、約25人**。
**世襲の家の出身者と、養成された者**。
**2009年、ユネスコ無形文化遺産**。)
**現存する曲**——**百数十曲**。
(**平安時代には、数百曲あった**と推定される。
——**失われた曲の楽譜が、残っている場合がある**。
〈**復元の試みが、続いている**。
——**ただし、当時の演奏の速度と装飾が分からない**。**楽譜だけでは、音にならない**。〉)
**そして**。
**世界で最も古い、演奏され続けている合奏音楽の一つ**、とされる。
(——**千三百年**。
**その間、変わり続けてきた**。
**「変わらずに伝わった」のではない**。
**変わりながら、途切れなかった**。)