概要
効く薬だった。子どもが飲みやすいよう甘い液にしたい。テネシーの製薬会社の主任化学者は、溶かす液にジエチレングリコールを選んだ。味と香りは試したが、毒性は試していない。当時の法は、それを求めていなかった。腎不全で105人が死に、その多くが子どもだった。連邦の査察官が処方箋をたどって回収した。翌1938年、連邦食品医薬品化粧品法が成立し、販売の前に安全性を示すことが初めて義務になった。
場所
38.91°N -77.04°E · アメリカ合衆国
本文
**薬**。
**スルファニルアミド**。
(——**最初の、広く効く抗菌薬**である。
〈**1932年、ドイツのバイエル社で、**プロントジル**という色素に抗菌作用が見つかった**(ドーマク)。
**1935年、パスツール研究所が、**体内で分解して働くのは、その一部(スルファニルアミド)だけ**だと示した**。
**そして——**その物質の特許は、既に切れていた**(1908年に合成されていた)。
**だから、**誰でも作れた**。〉
**1937年、アメリカで、**錠剤と粉薬**として、広く使われていた**。
——**連鎖球菌の感染症、そして淋病**。
**それまで、**死ぬしかなかった病**が、治るようになった**。)
**要望**。
(**南部の医師と販売員から、**声が上がった**。
**「液体の形が欲しい」**。
——**子どもが、錠剤を飲めない**。
**そして、**液体のほうが、売れる**。)
**製造**。
**S・E・マッセンギル社**(テネシー州ブリストル)。
**主任化学者——**ハロルド・ワトキンス**。
(**問題——**スルファニルアミドは、水にも、アルコールにも、ほとんど溶けない**。
**彼は、**溶ける溶媒を探した**。
**そして、**ジエチレングリコール**を見つけた**。
——**よく溶ける**。
**そして、**甘い**。
〈**ラズベリーの香料と、着色料を加えた**。
**「エリキシル・スルファニルアミド」**。
**——「エリキシル」は、本来、**アルコールを含む液剤**を指す語である**。
**この製品には、アルコールが入っていない**。**名称が、既に不正確だった**。〉)
**試験**。
(——**外観、味、香りを、確かめた**。
**それだけである**。
**毒性の試験は、**していない**。
**そして——**当時の法は、それを求めていなかった**。)
(**ジエチレングリコール**。
——**不凍液の成分**である**。
**体内で、**シュウ酸などに代謝され、**腎臓を破壊する**。
**当時、**その毒性を指摘する論文が、既にあった**(1930年代前半)。
**——広く知られてはいなかった**。〉)
**出荷**。
**1937年9月、約240ガロン**が、全米に出た。
(**瓶詰め、そして、**医師と薬局へ**。)
**死**。
**1937年10月11日**。
(——**オクラホマ州タルサの医師たちが、**同じ症状の患者が続く**ことに気づいた**。
**アメリカ医師会に、電報を打った**。
**——AMAが、製品の見本を取り寄せ、**分析した**。
**ジエチレングリコール**。〉)
**症状**。
(**服用の数日後**。
**尿が出なくなる**。**激しい腹痛、嘔吐、痙攣**。
**そして、**腎不全**。
——**当時、**治療法が、無かった**。
〈**苦痛が、長く続いた**。
**ある母親が、ルーズヴェルト大統領に宛てた手紙が、残っている**。
**要旨**——**「あの子が、痛みで叫ぶ声が、いまも耳から離れません**。
**……小さな体が、七日から十日、苦しんで、そして死にました。**
**あの子の場所は、空っぽです**。**わたしの家は、静かです」**。〉)
**回収**。
(**FDAが、**全職員のほぼ全員**——**当時、査察官は239人**——を、動員した**。
**——出荷の記録から、**医師と薬局を回った**。
**そして、**医師の処方箋を、一枚ずつ、たどった**。
〈**患者の名を突き止め、**家を訪ねて、瓶を回収した**。
**「その薬を、まだ持っていませんか」**。
**一部は、**既に捨てられていた**。**一部は、**まだ棚にあった**。〉
**結果——**約234ガロンのうち、**回収できなかったのは、約6ガロン**である**。
——**それでも、**105人が死んだ**。
〈**そのうち、**多数が子ども**。〉)
**法的な問題**。
(——**マッセンギル社を、**何の罪で問えるか**。
**(1)**毒物を売ったこと**——**罪に問う法が、無い**。
**(2)**成分表示——**表示は、必要な項目については、正しかった**。
**(3)そして、FDAが見つけた、唯一の違反**。
**「エリキシル」という語である**。
——**エリキシルは、**アルコールを含む液剤**を意味する**。
**この製品には、アルコールが無い**。
**だから、**表示の虚偽**である**。
**罰金——**26,000ドル**。
〈**当時としては、**その法の下での最高額**である**。
**そして——**105人の死に対して、である**。〉)
**責任**。
(**社長サミュエル・マッセンギルの声明**(要旨)。
**「わたしの化学者たちと、わたしは、この結果に深い遺憾の意を表する**。
**しかし、**製造にあたって、いかなる過失も無かった**。**
**——法的な責任は、無い」**。
**主任化学者、ハロルド・ワトキンス**。
**1939年、**自殺した**。〉)
**法**。
**1938年6月25日**。
**連邦食品医薬品化粧品法**(FD&C Act)。
(——**この法案は、**1933年から議会にあった**。
**五年間、**動かなかった**。
**業界が、反対していた**。
**——この事件が、**それを、動かした**。)
**内容**。
**(1)🚨 **新薬は、販売の前に、安全であることを示さなければならない**。
(——**これが、最大の変更である**。
**「売ってから、政府が危険を証明する」から、
**「売る前に、企業が安全を証明する」**へ**。
〈**新薬申請**(NDA)の制度。〉)
**(2)**化粧品と医療機器**も、対象になった**。
**(3)**「効能について、虚偽または誤解を招く表示」の禁止**。
**(4)**工場への、立入検査の権限**。
**(5)**中毒性のある成分の、警告表示**。
**その後**。
(——**1962年、**有効性の証明**も、義務になった**(キーフォーヴァー・ハリス修正)。
〈**サリドマイド**が、これを後押しした**。
**——そして、アメリカでサリドマイドの被害が小さかったのは、**FDAの審査官フランシス・ケルシー**が、**データ不足を理由に、承認を保留し続けた**からである**。
**1962年、ケネディが、彼女に勲章を与えた**。〉)
**そして**。
**同じことが、繰り返されている**。
(**ジエチレングリコールによる、集団中毒**。
**1969年、南アフリカ**。**1985年、スペイン**。
**1990年、ナイジェリア**(歯が生えるときの薬。**47人以上の子ども**)。
**1996年、ハイチ**(**約88人の子ども**)。
**2006年、パナマ**(**100人以上**)。
**2008年、ナイジェリア**(**84人以上の子ども**)。
**2022〜23年、ガンビア、インドネシア、ウズベキスタン**。
〈**WHOが、警告を出した**。
**——**インドで製造された咳止めシロップ**に、ジエチレングリコールとエチレングリコールが検出された**。
**ガンビアで、**70人以上の子ども**。
**インドネシアで、**200人以上**。〉
——**原因は、いつも、同じである**。
**安価な溶媒として、グリセリンの代わりに使われるか、あるいは、**汚染されたグリセリンが、原料として流通する**。
**そして、**製造元が、原料の試験をしていない**。
**——1937年に学んだことが、まだ、行き渡っていない**。)