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Event / できごと

ええじゃないか

Ee ja nai ka
AD1867年(慶応3年)秋
重要度 3

概要

東海道の村に伊勢の御札が降り、人々が踊り出した。「ええじゃないか」。大政奉還の前後、名古屋から京、大阪へ。誰が始めたかは分からない。倒幕派が仕組んだという説と、そうでない説がある。

場所

京都
35.03°N 135.76°E · 日本・京都府

本文

慶応3年7月頃。 三河の吉田(豊橋)で、 伊勢の御札が空から降った。 「お札降り」。 人々は、 家の前に祭壇を作り、 酒と餅を配り、 踊った。 「ええじゃないか、 ええじゃないか」。 男が女の着物を着て、 女が男の着物を着て。 8月、 名古屋。 9月、 京都、 大阪。 10月、 江戸の手前まで。 11月、 西は広島、 北は松本。 数か月。 「今年は世直りええじゃないか」。 「日本国の世直りはええじゃないか、 豊年踊りはお目出たい」。 「長州さんの御登り、 ええじゃないか、 長と薩とええじゃないか」。 「御札が降った家は、 金持ちでも、 戸を開けて、 誰でも入れて、 飲ませ食わせなければならない」。 数日、 何日も。 奉行所は、 止められなかった。

御札は、 誰が降らせたか。 「倒幕派が、 幕府の目を、 踊りで逸らした」。 岩倉具視、 と。 土佐の記録には、 「薩摩の者が、 夜、 札を撒いた」と。 証拠はない。 「民衆が、 自分で」。 伊勢の御蔭参りは、 60年ごとに大きなのがあった。 1705年、 1771年、 1830年。 1867年は、 その周期。 どちらも。

10月14日、 大政奉還。 12月9日、 王政復古。 踊りは、 その間に、 京の街を、 埋めていた。 新政府の兵が入る、 その道を。 1868年1月、 鳥羽伏見。 踊りは、 終わっていた。 「ええじゃないか」は、 「何でも、 かまわない」。 「世が変わっても」。 「変わらなくても」。 大河ドラマと、 映画と、 祭りの名前に。 豊橋では、 毎年、 踊っている。

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