概要
イタリア出身の商人ジョヴァンニ・マリア・ファリーナが、ケルンで売り始めた香水。柑橘の精油をアルコールに溶かした、軽く澄んだ香りで、それまでの重い動物性の香料とは違った。彼は弟への手紙に、雨の後のイタリアの朝を思い出させると書いている。地名がそのまま商品名になり、模倣品が溢れ、「ケルンの水」は普通名詞になった。強い香りで臭いを覆う段階から、清潔さそのものを香りで示す段階へ。体を洗う習慣が広まる前に、香りのほうが先に、その役を引き受けた。
場所
50.94°N 6.96°E · ドイツ
本文
**ケルン**。
(**1709年**。
〈**——**ライン川の、**古い都市**。
**——**そこに、**イタリア人の一家**が、店を構えていた**。
**——**ファリーナ**(Farina)。
**〈——北イタリア、**サンタ・マリア・マッジョーレ**の出。**
**——アルプスを越えて、**香料と、絹と、レースを商った**家である。〉〉**
**——**ジョヴァンニ・マリア・ファリーナ**(1685〜1766年)。
〈**——**兄の商会に、**加わった**。
**——**そして、**自分で作った香水を、売り始めた**。
**——**名は、**生まれた土地ではなく、**売った土地**から取った**。
**〈——「Eau de Cologne」。**
**——ケルンの水。〉〉)**
**手紙**。
(——**弟に宛てて、**こう書いたと伝わる**。
〈**——**イタリアの、**雨あがりの朝**を、思い出させる香りだ**、と**。
**——**そして、**水仙と、**橙の花**の名を、挙げている**。
**〈——この手紙の文面は、**会社が伝えているもの**である。**
**——原文の所在について、**確かめられる範囲は、限られている**。〉〉**
**——**何が、新しかったのか**。
〈**(1)**それまでの香水は、**重かった**。
**〈——[[grasse-perfume]]の側にある、**動物由来の香料**。**
**——麝香(ムスク)。**
**——霊猫香(シベット)。**
**——竜涎香(アンバーグリス)。**
**——強く、長く残り、**体臭を、覆い隠す**ためのものである。〉**
**(2)**そして、**ファリーナのものは、**軽い**。
**〈——柑橘の精油。**
**——ベルガモット、レモン、橙。**
**——そこに、ラベンダーと、ネロリ。**
**——アルコールに、溶かす。〉**
**(3)さらに、**すぐに、飛ぶ**。
**〈——長持ちしない。**
**——だが、**何度でも、付け直せる**。〉〉**
**——**つまり**。
〈**——**「覆い隠す香り」**から、
**——**「清潔さを、示す香り」**へ**。
**——**体を洗う習慣が、**まだ、広まっていない時代**に**、
**——**香りのほうが、**先に、その役を、引き受けた**。〉)
**なぜ、そんな時代だったのか**。
(——**十七世紀から十八世紀のヨーロッパで、**入浴は、避けられていた**。
〈**(1)**理由の一つは、**疫病である**。
**〈——湯が、**皮膚の毛穴を開き**、**
**——そこから、**悪い空気(瘴気)が、入る**と、考えられた。**
**——公衆浴場は、**梅毒とペストの温床**として、閉鎖されていった。〉**
**(2)**そして、**代わりに、**布で、拭った**。
**(3)さらに、**下着を、**頻繁に、替えた**。
**〈——「白い麻の下着が、汚れを吸い出す」。**
**——清潔さは、**見える白さ**で、示された。〉**
**(4)そして、**香りで、**仕上げた**。〉
**——**十九世紀に、**これが、逆転する**。
〈**——**水で洗うことが、**衛生の中心になる**。
**——**そして、**[[marseille-soap]]の系譜が、**大量生産に、入る**。
**——**香水は、**清潔さの代わりではなく、**清潔さの上に、載るもの**になった**。〉)
**名前が、逃げていく**。
(——**売れた**。
〈**——**ヨーロッパ中の宮廷へ**。
**——**ナポレオンが、**大量に使ったという話**が、繰り返し語られる**。
**——**そして、**模倣が、溢れた**。〉
**——**ケルンには、**「ファリーナ」を名乗る店**が、**次々に、現れた**。
〈**——**同姓の者を、**共同経営者として、雇い入れる**という手口まで、あった**。
**——**訴訟が、**何十件も、起きている**。〉
**——**そして、**4711**。
〈**——**別の系統**。
**——**フランス革命軍がケルンを占領したとき、**家に、通し番号を振った**。
**〈——グロッケンガッセ通りの、**4711番**。〉**
**——**その番地が、**そのまま、商標になった**。
**——**いまも、**同じ名で、売られている**。〉
**——**さらに**。
〈**——**「オーデコロン」**という語自体が、**普通名詞になった**。
**——**いまでは、**香料の濃度が、二〜五パーセント程度のもの**を、そう呼ぶ**。
**〈——パルファム、オードパルファム、オードトワレ、オーデコロン。**
**——濃い順である。〉**
**——**固有名詞が、**分類の名前に、なった**。
**〈——[[marseille-soap]]で、法が守ろうとしたのは、**これである**。**
**——そして、**守りきれなかった**。〉〉)**
**残ること**。
(——**ファリーナの店は、**いまも、ケルンにある**。
〈**——**同じ一族が、**八代にわたって、続けている**。
**——**世界で、**最も古い、香水の会社**だと称している**。〉
**——**そして**。
〈**——**この香水が、示したのは、**匂いの使い方が、変わった**ことである**。
**——**強い匂いで、**強い匂いを、消す**のではなく、
**——**何も匂わないことに、**近い香り**を、纏う**。
**——**その方向を、**さらに進めると、**匂いを、消す商品**になる**。
**〈——[[deodorant-advertising]]。〉〉)**