概要
それまで、商人は自分の家で帳面をつけた。住むところと働くところが、同じ建物である。東インド会社は、扱う量が一人の手に負えなくなり、書記を大量に雇い、書くためだけの建物を建てた。リーデンホール街の本社である。名簿、帳簿、往復の書簡、そして議事録。それを保管し、参照し、決裁する手順が要る。書記の一人にチャールズ・ラムがいて、三十三年勤め、机の上でエッセイを書いた。会社は消えたが、そこで生まれた仕事の形は、残った。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
本文
**それまで**。
(——**商人は、**自分の家で、働いた**。
〈**——**一階が、店か、倉庫**。
**——**二階が、**帳場**。
**——**そして、**上が、住まい**である**。
**——**奉公人も、**そこに、住み込む**。〉
**——**そして、**「働く」ことと「住む」ことが、**分かれていなかった**。
〈**——**イタリアの**「オフィツィ」**(Uffizi、フィレンツェ)は、**1560年、行政の事務所として建てられた**。
**——**そして、**それは、例外である**。
**〈——いまは、美術館である。〉**〉)
**東インド会社**。
(——**扱う量が、**一人の手に、負えなくなった**。
〈**——**船が、**年に、数十隻**。
**——**航海が、**一往復、二年**。
**——**そして、**インドの各地に、商館**がある**。
**——**さらに、**株主が、数千人**。
**——**帳簿、注文書、往復の書簡、航海日誌、そして議事録**。〉
**——**そして、**それを、**保管し、**参照し、**決裁する**手順が、要る**。
〈**——**「誰が、何を、決めたか」**を、後から、辿れなければならない**。
**——**そして、**それを、**書類として、残す**。〉)
**建物**。
(**——**リーデンホール街**(ロンドン・シティ)。
〈**——**1648年から、**そこにあった**(もとは、貴族の邸宅)。
**——**1729年、**建て替えられた**。
**——**そして、**1799年から1800年、さらに大規模に、建て直された**。
**〈——イオニア式の柱廊。**
**——「会社の宮殿」。〉**〉
**中身**。
〈**——**書記の部屋**が、**いくつも、並ぶ**。
**——**そして、**部門ごとに、分かれている**。
**〈——会計、通信、海事、軍事、そして「審査」。〉**
**——**さらに、**倉庫、図書室、そして博物館**。
**〈——インドから持ち帰った、**標本と、彫像と、文書**。**
**——それが、後に、**大英博物館と、大英図書館に、移された**。〉**〉
**——**そして、**そこに、**数百人の書記**が、**毎日、通ってきた**。
〈**——**「通勤」**である**。
**——**朝、来る**。**夕方、帰る**。
**——**そして、**家で、書いてはいけない**。
**〈——書類が、外へ出ることを、防ぐためである。〉**〉)
**書記**。
(——**そして、**その中に、**チャールズ・ラム**がいた**。
〈**——**1792年から1825年**。**三十三年**。
**——**会計部の書記**。
**——**そして、**その机の上で、**エッセイを、書いた**。
**〈——「エリア随筆」。〉**
**——**彼が、退職したときの手紙**(要旨)。
**「わたしは、**自由だ**。……
**……**三十三年の奴隷状態から、**解放された**。……
**……**そして、**わたしは、**時間を、どうしてよいか、分からない**」**。
**——**そして、**「わたしの本当の著作は、**東インド会社の、帳簿の中にある**」**と、彼は、書いた**。
**〈——皮肉である。**
**——そして、半分、本気である。〉**〉
**——**そして、**もう一人**。
〈**——**ジェイムズ・ミル**(哲学者、経済学者)。
**——**1819年から、**審査部**。
**——**そして、その息子、**ジョン・スチュアート・ミル**が、**1823年から1858年まで、同じ会社にいた**。
**〈——十七歳から、五十二歳まで。**
**——そして、**『自由論』**も、**『功利主義』**も、**
**——事務所勤めの傍らで、書かれた。**
**——彼は、後に、こう書いている(要旨)。**
**「わたしの職務は、**思索を妨げなかった**。**
**……**むしろ、**実務の知識が、わたしの思想を、地に着けた**」。〉〉**)
**そして、生まれたもの**。
(**(1)**書類**。
〈**——**形式が、決まっている**。
**——**そして、**綴じられ、番号を振られ、索引が作られる**。〉
**(2)**手順**。
〈**——**「この案件は、まず、ここへ回り、次に、ここで、決裁される」**。
**——**そして、**それが、書かれた規則になる**。〉
**(3)**階層**。
〈**——**書記、上級書記、主任、そして部長**。
**——**そして、**昇進の階梯**が、ある**。〉
**(4)**時間**。
〈**——**「何時から、何時まで」**。〉
**(5)そして、**匿名性**。
〈**——**誰が書いたかではなく、**会社が、決めた**。〉
**——**マックス・ヴェーバーが、**後に、これを、**「官僚制」**として、記述する**。
〈**——**そして、彼は、**それを、**近代の、最も効率的な組織の形**と、呼んだ**。
**——**そして、同時に、**「鉄の檻」**とも。〉)
**終わり**。
(——**1858年、**インド統治改善法**。
〈**——**インド大反乱の後**。
**——**東インド会社が、**インドの統治権を、イギリス政府に、引き渡した**。
**——**1874年、**会社が、解散した**。〉
**——**そして、**1861年、**建物が、取り壊された**。
〈**——**いま、その場所には、**ロイズ・オブ・ロンドンの、あの、配管がむき出しの建物**が、立っている**。
**〈——1986年、リチャード・ロジャーズの設計。**
**——保険の会社が、そこにある。〉**〉
**——**会社は、消えた**。
**そして、**そこで生まれた、**「事務所で、書類を扱う」**という仕事の形は、**世界中に、広がった**。)