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Event / できごと

事務所という場所

The office as a place
AD1729年
重要度 4
ポーランド・リトアニア共和国デンマーク=ノルウェーエジプトオーストリア帝国スペインモロッコAlgiersイギリスアイルランド王国TunisBrandenburgNaplesTripolitaniaCyrenaicaプロイセンAD1729年ロンドン
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1729年の版図を描いています(15勢力)

概要

それまで、商人は自分の家で帳面をつけた。住むところと働くところが、同じ建物である。東インド会社は、扱う量が一人の手に負えなくなり、書記を大量に雇い、書くためだけの建物を建てた。リーデンホール街の本社である。名簿、帳簿、往復の書簡、そして議事録。それを保管し、参照し、決裁する手順が要る。書記の一人にチャールズ・ラムがいて、三十三年勤め、机の上でエッセイを書いた。会社は消えたが、そこで生まれた仕事の形は、残った。

場所

ロンドン
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド

本文

**それまで**。

(——**商人は、**自分の家で、働いた**。

〈**——**一階が、店か、倉庫**。

**——**二階が、**帳場**。

**——**そして、**上が、住まい**である**。

**——**奉公人も、**そこに、住み込む**。〉

**——**そして、**「働く」ことと「住む」ことが、**分かれていなかった**。

〈**——**イタリアの**「オフィツィ」**(Uffizi、フィレンツェ)は、**1560年、行政の事務所として建てられた**。

**——**そして、**それは、例外である**。

**〈——いまは、美術館である。〉**〉)

**東インド会社**。

(——**扱う量が、**一人の手に、負えなくなった**。

〈**——**船が、**年に、数十隻**。

**——**航海が、**一往復、二年**。

**——**そして、**インドの各地に、商館**がある**。

**——**さらに、**株主が、数千人**。

**——**帳簿、注文書、往復の書簡、航海日誌、そして議事録**。〉

**——**そして、**それを、**保管し、**参照し、**決裁する**手順が、要る**。

〈**——**「誰が、何を、決めたか」**を、後から、辿れなければならない**。

**——**そして、**それを、**書類として、残す**。〉)

**建物**。

(**——**リーデンホール街**(ロンドン・シティ)。

〈**——**1648年から、**そこにあった**(もとは、貴族の邸宅)。

**——**1729年、**建て替えられた**。

**——**そして、**1799年から1800年、さらに大規模に、建て直された**。

**〈——イオニア式の柱廊。**

**——「会社の宮殿」。〉**〉

**中身**。

〈**——**書記の部屋**が、**いくつも、並ぶ**。

**——**そして、**部門ごとに、分かれている**。

**〈——会計、通信、海事、軍事、そして「審査」。〉**

**——**さらに、**倉庫、図書室、そして博物館**。

**〈——インドから持ち帰った、**標本と、彫像と、文書**。**

**——それが、後に、**大英博物館と、大英図書館に、移された**。〉**〉

**——**そして、**そこに、**数百人の書記**が、**毎日、通ってきた**。

〈**——**「通勤」**である**。

**——**朝、来る**。**夕方、帰る**。

**——**そして、**家で、書いてはいけない**。

**〈——書類が、外へ出ることを、防ぐためである。〉**〉)

**書記**。

(——**そして、**その中に、**チャールズ・ラム**がいた**。

〈**——**1792年から1825年**。**三十三年**。

**——**会計部の書記**。

**——**そして、**その机の上で、**エッセイを、書いた**。

**〈——「エリア随筆」。〉**

**——**彼が、退職したときの手紙**(要旨)。

**「わたしは、**自由だ**。……

**……**三十三年の奴隷状態から、**解放された**。……

**……**そして、**わたしは、**時間を、どうしてよいか、分からない**」**。

**——**そして、**「わたしの本当の著作は、**東インド会社の、帳簿の中にある**」**と、彼は、書いた**。

**〈——皮肉である。**

**——そして、半分、本気である。〉**〉

**——**そして、**もう一人**。

〈**——**ジェイムズ・ミル**(哲学者、経済学者)。

**——**1819年から、**審査部**。

**——**そして、その息子、**ジョン・スチュアート・ミル**が、**1823年から1858年まで、同じ会社にいた**。

**〈——十七歳から、五十二歳まで。**

**——そして、**『自由論』**も、**『功利主義』**も、**

**——事務所勤めの傍らで、書かれた。**

**——彼は、後に、こう書いている(要旨)。**

**「わたしの職務は、**思索を妨げなかった**。**

**……**むしろ、**実務の知識が、わたしの思想を、地に着けた**」。〉〉**)

**そして、生まれたもの**。

(**(1)**書類**。

〈**——**形式が、決まっている**。

**——**そして、**綴じられ、番号を振られ、索引が作られる**。〉

**(2)**手順**。

〈**——**「この案件は、まず、ここへ回り、次に、ここで、決裁される」**。

**——**そして、**それが、書かれた規則になる**。〉

**(3)**階層**。

〈**——**書記、上級書記、主任、そして部長**。

**——**そして、**昇進の階梯**が、ある**。〉

**(4)**時間**。

〈**——**「何時から、何時まで」**。〉

**(5)そして、**匿名性**。

〈**——**誰が書いたかではなく、**会社が、決めた**。〉

**——**マックス・ヴェーバーが、**後に、これを、**「官僚制」**として、記述する**。

〈**——**そして、彼は、**それを、**近代の、最も効率的な組織の形**と、呼んだ**。

**——**そして、同時に、**「鉄の檻」**とも。〉)

**終わり**。

(——**1858年、**インド統治改善法**。

〈**——**インド大反乱の後**。

**——**東インド会社が、**インドの統治権を、イギリス政府に、引き渡した**。

**——**1874年、**会社が、解散した**。〉

**——**そして、**1861年、**建物が、取り壊された**。

〈**——**いま、その場所には、**ロイズ・オブ・ロンドンの、あの、配管がむき出しの建物**が、立っている**。

**〈——1986年、リチャード・ロジャーズの設計。**

**——保険の会社が、そこにある。〉**〉

**——**会社は、消えた**。

**そして、**そこで生まれた、**「事務所で、書類を扱う」**という仕事の形は、**世界中に、広がった**。)

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