概要
明暦の大火の後も、江戸は繰り返し燃えた。町奉行大岡忠相が、町人自身による組を作らせた。いろは四十七組。のち本所深川にも置かれた。屋根に登り、纏を立て、そこから風下の家を壊す。水では消えない。壊して延焼を止めるのが仕事である。鳶職が担い、火事場での組同士の縄張り争いと喧嘩が絶えなかった。それでも、都市の防火を住民の組織が担うという形が、ここで定着した。
場所
35.69°N 139.75°E · 日本・東京都(江戸城=現在の皇居)
関わった人(1)
大岡忠相AD1677年–AD1752年 · 作らせた本文
**火事と喧嘩は江戸の華**。
(——**そう言われた**。
**そして、それは、**誇りではなく、諦めに近い**。)
**規模**。
(**江戸時代の二百六十年間で、**大火**(数百戸以上を焼いたもの)が、**約50回**。
**小さな火事を含めれば、**1,800回**を超える**、という集計がある**。
**——**平均すると、**数か月に一度、どこかが燃えている**。〉
**なぜか**。
**(1)**木と紙と、藁葺きの家が、密集している**。
〈**町人地の人口密度は、**極端に高い**。
**——**裏長屋**。**九尺二間**(間口約2.7メートル、奥行約3.6メートル)。〉
**(2)**冬の、北西の季節風**。
〈**関東の冬は、**乾いて、強い風が吹く**。
**——**大火は、ほとんどが、**冬から春**である**。〉
**(3)**火の使用**。
〈**竈、行灯、火鉢、そして、**風呂**。〉
**(4)そして、**放火**。
〈**厳罰である**(**火罪**——火あぶり)。
**それでも、**絶えなかった**。〉)
**明暦の大火**。
**1657年**。
(——**江戸の**六割以上**が焼けた**。
**死者、**推定3万から10万人**。
**江戸城の天守も、焼けた**。
〈**そして、**再建されなかった**。
**——「天守は、実用ではない」**という判断があった、とされる。〉
**この後、**幕府は、都市の造りを変えた**。
〈**火除地**(空き地を作る)。
**広小路**(道を広くする)。
**防火堤**。
**そして、**大名屋敷と寺社を、郊外へ移した**。〉)
**それまでの火消**。
**(1)**大名火消**(1643年〜)。
(——**大名に、消火を命じる**。
**十六家が、交代で当たった**。〉)
**(2)**定火消**(じょうびけし、1658年〜)。
(——**明暦の大火の翌年**。
**旗本から、**四人(後に十人)**を任命した**。
**それぞれが、**臥煙**(がえん)**と呼ばれる、抱えの人夫を持った**。
〈**火消屋敷**に住み込ませた**。
**——**荒くれ者が多く、評判が悪い**。〉)
**——しかし**。
**(1)**武家地と、江戸城が、優先される**。
**(2)**町人地は、後回しになる**。
**(3)そして、**数が、足りない**。
**町火消**。
**1718年(享保3年)**。
(**町奉行**大岡忠相**。
**——**町人自身に、消させる**。
**各町に、**火消の組を作らせた**。
**1720年、**いろは四十七組**に、再編**。
〈**「へ」「ら」「ひ」「ん」**は、**語感が悪い**として避けられ、**「百」「千」「万」「本」**に置き換えられた**。
**——「へ」は屁、「ら」は摩羅、「ひ」は火、「ん」は語呂**。
**そして、**本所・深川に、十六組**が、別に置かれた**。〉
**担ったのは、**鳶職**である**。
〈**なぜ、鳶か**。
**——**高い所に登れる**。
**そして、**建物を壊す道具と、技術を持っている**。
**普段は、**建築の足場を組む**。
——**火事のときは、**壊す**。〉)
**方法**。
**破壊消防**。
(——**水では、消えない**。
**当時のポンプ(**龍吐水**、りゅうどすい)は、**射程も水量も、まったく足りない**。
〈**二人が交互に押す、木製の箱型のポンプ**。
**——**ほとんど、気休めである**。
**実際には、**壊した後の、火の粉を消すのに使われた**、とされる。〉
**だから——**
**(1)**火の風下の家に、登る**。
**(2)**屋根を剥がし、柱を倒し、家を壊す**。
**(3)**そこで、火を止める**。
〈**壊された家の持ち主は、**補償されない**(原則として)。
**——**それでも、そうするしかなかった**。〉)
**纏**(まとい)。
(——**組の目印である**。
**屋根の上に、**纏持ちが登って、立てる**。
**意味**。
**(1)**「この家は、われわれが受け持った」**という宣言。
**(2)**風上と風下の目印**。
**(3)そして——**纏持ちは、逃げられない**。
〈**纏を立てたら、**火が消えるか、家が崩れるまで、そこにいる**。
**——**焼け死んだ纏持ちが、いる**。
**それが、**組の名誉になった**。〉
**纏の頭の飾り(**馬簾**)と形は、組ごとに違う**。
**——**いまも、消防出初式で、これが立てられる**。〉)
**喧嘩**。
(——**組と組が、**現場で、争った**。
**理由**。
**(1)**手柄の取り合い**。
〈**「どちらの組が消したか」**が、名誉と、報酬に関わる**。〉
**(2)**縄張り**。
**(3)そして、**単に、気性である**。
〈**記録に残る大きな喧嘩**——
**1805年、「め組の喧嘩」**。
**——**芝の「め組」の鳶と、**相撲取り**が、大喧嘩になった**。
**発端は、**芝居小屋の木戸銭**である**。
**双方、数十人**。**町奉行が裁いた**。
**——歌舞伎の演目になった**。〉
**幕府は、**繰り返し、喧嘩を禁じた**。
**——**止まらなかった**。〉)
**意味**。
(——**都市の防火を、**住民の組織が担う**という形が、ここで定着した**。
**そして、**その組織が、同時に、**地域の共同体の核**になった**。
〈**祭りの、担ぎ手**。
**普請の、人足**。
**——**火消の組は、**町の自治の、実体だった**。〉
**そして、**幕府にとって、両義的である**。
〈**必要である**。**そして、**武装した町人の集団**でもある**。
——**ローマで、トラヤヌス帝が、消防隊の設立を却下したのと、同じ構造がある**。〉)
**その後**。
(**1868年、**明治**。
**——**町火消は、**消防組**に再編された**(1872年、東京府)。
**そして、**1894年、消防組規則**。
**1948年、**消防組織法**——**現在の消防本部と、消防団**。
〈**消防団**——**いまも、**約80万人**が、非常勤の団員として登録されている**。
**——**平時は別の仕事をし、火事と災害のときに出る**。
**この形は、**町火消の直系である**。
**そして、**団員は、減り続けている**。〉)
**そして、纏**。
(——**現在も、東京消防庁の出初式で、**江戸の各組の纏**が、立てられる**。
**そして、**梯子乗り**。
**——**火の見の技を、そのまま残した演技である**。)