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Event / できごと

ド・プロニーの計算工場

De Prony's calculation workshop
AD1793年
重要度 4
ロシア帝国大英帝国スペイン帝国ポルトガル帝国オスマン帝国デンマーク=ノルウェー中央アジアの諸ハン国ネーデルラント連邦共和国ペルシアスウェーデンオーストリア帝国ポーランド神聖ローマ帝国スペインNejdポーランド・リトアニア共和国モロッコAlgiersAirイギリスプロイセンバイエルンアイルランド王国両シチリア王国Tunisヴェネツィア共和国TripolitaniaMecklenburg-Strelitzサルデーニャ王国CyrenaicaザクセンAD1793年パリ
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1793年の版図を描いています(31勢力)

概要

革命政府は、十進法にもとづく新しい三角関数表と対数表を必要とした。桁数も規模も、前例が無い。ガスパール・ド・プロニーは、アダム・スミスのピン工場の記述を読んで着想した。仕事を三層に分ける。上層の数学者数人が式を決め、中層の十人ほどが計算の手順に落とし、下層の百人近くが足し算と引き算だけを繰り返す。下層の多くは、革命で職を失った理髪師だったと伝えられる。人間を部品として組んだ計算機であり、バベッジが機械化を構想する直接の手本になった。

場所

パリ
48.86°N 2.35°E · フランス

関わった人(1)

ガスパール・ド・プロニーAD1755年7月22日–AD1839年7月29日 · 組織した

本文

**命令**。

**1791年**。

(——**フランスが、**メートル法**を採用しようとしていた**。

**そして、**角度も、十進法にしようとしていた**。

**——**直角を100グラード**、**一グラードを100分**。

〈**測量のためである**。〉

**——だから、**新しい三角関数表**が、要る**。

**そして、**新しい対数表**も**。)

**規模**。

(**要求された内容**。

〈**正弦——**小数点以下25桁**、**十万分割**。

**その他の関数——**14桁から19桁**。

**対数——**1から200,000まで、14桁**。

**——**総計、**数百万個の数値**。〉

**——**それまでの、どの数表よりも、桁違いに大きい**。

**〈ブリッグスの対数表は、一人が数年かけて作った。それとは、規模が違う。〉**)

**人**。

**ガスパール・クレール・フランソワ・マリー・リッシュ・ド・プロニー**(1755〜1839年)。

(——**土木技師**である**。

**エコール・デ・ポンゼショセ**(国立土木学校)**の出身**。

**橋と、運河と、水力の専門家**。

**1791年、**地籍局**(Bureau du Cadastre)の長に任じられた**。

**——**この仕事を、命じられた**。)

**そして、彼は、途方に暮れた**。

(——**当時のフランスの数学者を、全員集めても、**足りない**。

**そして、**時間が無い**。

**——**革命の最中である**。)

**着想**。

(——**彼は、**ロンドンで、ある本を読んだ**と、後に語っている**。

**アダム・スミス『国富論』**(1776年)。

**その、**冒頭**である**。

〈**ピン工場**。

**「一人の職人が、すべての工程を行えば、一日に一本作るのがやっとである**。

**……**しかし、工程を十八に分ければ、十人で、一日に四万八千本作れる**」**。

**——**分業**。〉

**プロニーは、こう考えた**。

**「では、**数値の計算も、そうできないか**」**。

**「わたしは、**対数を、ピンのように製造しよう**」**という趣旨のことを、彼は語ったと伝えられる**。)

**組織**。

**三つの層に、分けた**。

**(1)上層——**数学者、五、六人**。

(**ルジャンドル、カルノーら**。

**——**仕事**。**どの公式を使うか**を決める**。

**そして、**その公式を、**差分の形**に変形する**。

〈**——**多項式を、**足し算と引き算だけで計算できる形**に、書き換える**。

**「差分法」**。

**——これが、**核心である**。〉)

**(2)中層——**七、八人**(一説に十人前後)。

(——**上層が決めた式を、**具体的な数値の手順**に落とす**。

**そして、**下層に配る用紙**を作る**。

**さらに、**下層から戻ってきた結果を、検算する**。

〈**検算の方法**——**同じ計算を、二組に、別々にやらせる**。

**そして、**突き合わせる**。

**——**合わなければ、やり直させる**。〉)

**(3)下層——**六十人から百人**。

(——**やることは、**足し算と引き算だけ**である**。

**用紙に、数が書いてある**。

**それを、**足す**。**あるいは、**引く**。

**そして、**結果を、書く**。

**——**それだけ**。

〈**彼らは、**何を計算しているのか、知らない**。

**「対数」が何であるかも、知らない**。〉

**そして——**彼らの多くが、**革命で職を失った理髪師だった**、と伝えられる**。

〈**——**貴族の鬘を結っていた者たちである**。

**貴族が、いなくなった**。

**〈この話は、**しばしば語られる**。**そして、**史料的な裏づけは、限定的である**。

**プロニー自身の記述には、「読み書きと初歩の算術しかできない者たち」とある。〉**〉

**そして——**下層のほうが、正確だった**、という観察が、残っている**。

〈**理由の推定**——**数学を知っている者は、**「近道」を考えてしまう**。

**そして、**間違える**。

**——**何も知らない者は、**言われた通りにやる**。〉)

**結果**。

(——**十九巻の、手稿**。

**そして、**印刷されなかった**。

〈**理由——**費用**である**。

**革命政府に、**金が無かった**。

**そして、**その後の政権も、出さなかった**。

**——**一度、イギリスとの共同出版の話があったが、**ナポレオン戦争で、流れた**。〉

**手稿は、**パリ天文台**に、いまも保管されている**。

〈**——**一度も、完全な形で刊行されていない**。

**そして、**十進法の角度そのものが、測量以外では定着しなかった**。

**——つまり、**この数表は、ほとんど使われなかった**。〉)

**それでも**。

(——**この事業が、**別のところに、効いた**。

**チャールズ・バベッジ**。

**1819年、パリを訪ねて、この事業のことを知った**。

**そして、こう考えた**。

**「下層の人間がやっているのは、**足し算と引き算の、機械的な反復**である**。

**——**それなら、**機械にできる**」**。

**1822年、**階差機関**(Difference Engine)の構想**。

〈**——**プロニーの「差分法」を、**そのまま、歯車で実現する**。

**そして、**印刷まで、機械にやらせる**。

**〈手で写す段階で、誤りが入るからである。〉**〉

**——**バベッジは、それを、**明確に述べている**。

**「わたしは、プロニー氏の事業から、この着想を得た」**という趣旨のことを。)

**そして**。

(——**「計算する人」を意味する語**。

**computer**。

**——**もともと、**人間の職業名**である**。

**〈「計算をする人」。〉**

**19世紀から20世紀半ばまで、**天文台と、弾道研究所と、そして後にNASAに、「コンピューター」と呼ばれる職員がいた**。

**——**その多くが、女性である**。

〈**ハーヴァード大学天文台の「計算手」**(19世紀末)。

**そして、**NACA・NASAの計算手**。

**——**キャサリン・ジョンソン**。〉

**——**そして、その職が、機械に置き換えられた**。

**そのとき、**機械が、その職業名を、受け継いだ**。〉)

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