概要
土木技師。エコール・デ・ポンゼショセで学び、後にその校長を務めた。橋、運河、そして水力の研究で知られ、流体の摩擦を測る装置と、機関の出力を測るブレーキに名を残す。1791年、新しい度量衡に合わせた大規模な数表の作成を命じられた。分業によって単純な足し算の反復に還元するという方法を採り、十九巻の手稿を仕上げた。刊行費用が出ず、ついに印刷されなかった。手稿はパリの天文台に残っている。
関わったできごと(1)
ド・プロニーの計算工場AD1793年 · 組織した本文
**ガスパール・クレール・フランソワ・マリー・リッシュ・ド・プロニー**(1755〜1839年)。
**フランス、シャムレ**(ボージョレ地方)の生まれ。
(**父は、**地方の法官**である**。
**——**革命期に、**「ド」を外した**時期がある**。
**〈貴族的な響きを避けるためである。〉**〉)
**エコール・デ・ポンゼショセ**(国立土木学校)。
(——**1747年創立**。
**世界で、**最も古い工学系の高等教育機関の一つ**である**。
**そして、**フランスの、技師の伝統**の中心にある**。
〈**——**国家が、技師を養成する**。
**橋、道、運河、港**。
**〈イギリスでは、技師は現場の徒弟から育った。フランスは、学校で育てた。〉**〉
**1780年、卒業**。**そして、教員になった**。)
**技師として**。
(**(1)**パリの、ルイ16世橋**(現・コンコルド橋)の建設に、**ペロネの下で**加わった**。
〈**ジャン=ロドルフ・ペロネ**——**当時のフランス土木の第一人者、学校の初代校長**。〉
**(2)**水力の研究**。
〈**——**水車と、流れの摩擦**。
**「プロニーの式」**——**管の中の流れの、摩擦による損失**を表す実験式**。
**——**19世紀を通じて、使われた**。〉
**(3)**プロニー・ブレーキ**(1821年)。
〈**——**機関の出力を測る装置**である**。
**回転する軸に、**摩擦のブレーキをかけ、その反力を、腕と錘で測る**。
**——**「馬力」を、実際に測れるようになった**。
**〈いまも、原理として、教科書に載っている。〉**〉
**(4)そして、**沼沢地の排水、港湾、そしてポンティーヌ湿地の測量**。〉)
**数表**。
**1791年、**地籍局の長**に任じられた**。
(——**そして、**新しい三角関数表と対数表**を作れ、と命じられた**。
**規模——**それまでの、どの数表より、桁違いに大きい**。
**——**彼は、**分業**で、これに当たった**。
〈**上層の数学者数人。中層の十人ほど。下層の百人近く**。
**そして、**下層は、足し算と引き算だけ**をする**。〉
**——**十九巻の手稿**が、完成した**。
**そして、**刊行されなかった**。
〈**費用**である**。
**そして、**十進法の角度が、定着しなかった**。
**——**この数表は、ほとんど使われないまま、天文台の書庫にある**。〉)
**革命を、生き延びた**。
(——**技師は、**必要とされた**。
**そして、彼は、**政治に、深く関わらなかった**。
〈**——**ラヴォアジエ**は、徴税請負人だったために、処刑された**。
**〈同じ度量衡委員会の一員である。〉**
**——**プロニーは、**危うい時期を、通り抜けた**。〉
**一つの逸話**。
〈**ナポレオンが、エジプト遠征に、彼を連れて行こうとした**。
**——**彼は、断った**。
**〈数表の仕事が、途中だった、とされる。〉**
**ナポレオンは、**腹を立てた**、と伝えられる。〉)
**その後**。
(**1798年、**エコール・デ・ポンゼショセの校長**。
**——**以後、**四十年、その職にあった**。
**そして、**エコール・ポリテクニークでも、教えた**。
〈**——**彼の講義を受けた者の中に、**コーシー、ナヴィエ、そしてコリオリ**がいる**。〉
**1810年、**ナポレオンの下で、イタリアの沼沢地の排水を指揮した**。
**——**この功績で、**男爵**に列せられた**。
**〈革命で「ド」を外し、帝政で爵位を得た。〉**
**1839年7月29日、死去**。**八十四歳**。
〈**——**エッフェル塔に刻まれた、七十二人の科学者と技師の名**の一つ**である**。
**〈"PRONY"。〉**〉)
**残ったもの**。
(**(1)**プロニー・ブレーキ**。
**(2)**流体の摩擦の式**。
**(3)そして——**分業による計算**。
〈**——**これが、**最も大きい**。
**チャールズ・バベッジ**が、**1819年、パリでこの事業を知り、**それを機械化することを、構想した**。
**「階差機関」**。
**——**バベッジ自身が、**プロニーの事業を、着想の源として、明記している**。
**そして、**その系譜の先に、**現代の計算機がある**。〉
**——つまり**。
**「人間を、計算の部品として組む」**という考えが、先にあった**。
**そして、**その部品が、機械に置き換えられた**。
〈**——**順序が、逆ではない**。
**機械が先にあって、人がそれを真似たのではない**。
**人の組織が先にあって、**それを、機械が置き換えた**。〉)