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Event / できごと

カンボジアの大量虐殺

Cambodian genocide
1975年 – 1979年
期間を持つできごと重要度 5

概要

都市を空にし、知識人を殺した。人口の2割近くが失われたとされる。

場所

プノンペン
11.56°N 104.93°E · カンボジア

本文

都市を空にした。

プノンペンを制圧した翌日、 全住民に退去を命じた。 アメリカの爆撃があるという理由で。

戻らなかった。

貨幣を廃止し、学校と病院と寺院を閉じ、 私有財産をなくした。

「零年」から始めるとした。

殺されたのは、 教師、医師、僧侶、都市生活者。 眼鏡をかけているだけで 知識人と見なされた例が伝えられる。

集団農場で、飢えと過労と病で死んだ者も多い。

人口の2割近く、 150万から200万が失われたとされる。

トゥールスレンの収容所では、 1万数千人が拷問され、生還者は十数人になる。

入所時の顔写真が、大量に残っている。

終わらせたのは、ベトナム軍の侵攻になる。

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