概要
デラウェアの主婦セリア・スティールが、注文した50羽の代わりに500羽の雛を受け取った。返さずに育てて売ったところ儲かった。数年で彼女は数万羽を飼っていた。それまで鶏は卵を取るもので、肉は廃鶏だった。ビタミンDの発見で日光なしに屋内飼育ができるようになり、抗生物質と配合飼料と、1948年の「明日のチキン」品評会による品種改良が続いた。1920年に出荷まで16週・体重1.1kgだったものが、いまは6週・2.7kgである。世界の鶏は230億羽を超える。
場所
38.45°N -75.55°E · アメリカ・デラウェア州
本文
**それ以前の鶏**。
20世紀初めまで、鶏は**卵を取るため**に飼われていた。
農家の庭に、数羽から数十羽。餌は、台所の残り物と、庭で拾う虫と草。
肉を食べるのは、
- **卵を産まなくなった雌鶏**(廃鶏)。硬い。長く煮込む。 - **余分な雄の雛**。 - そして、**特別な日**。日曜、祝日、来客。
(アンリ4世の言葉として伝わる「日曜ごとに、すべての農民の鍋に鶏を」は、**それが贅沢だった**ことを示している。)
**問題**。
鶏を大量に、屋内で飼うことができなかった。
理由——**くる病**。
日光に当たらない鶏は、骨が変形して、立てなくなる。原因は、当時、分かっていなかった。
だから、鶏は屋外に出さねばならない。屋外なら、天候と、捕食者と、病気に晒される。規模が制限される。
**セリア・スティール**。
1923年、アメリカ、**デラウェア州**の**オーシャンビュー**という小さな町。
**セリア・スティール**。夫は沿岸警備隊員で、家を空けることが多かった。彼女は、家計の足しに、50羽ほどの鶏を飼っていた。
(この年、彼女は50羽の雛を注文した。)
**500羽が届いた**。
(注文の誤りだったとも、供給業者の間違いだったとも言われる。細部は、後の聞き書きによる。)
彼女は、返さなかった。
**育てた**。
ピアノを置いていた部屋も含めて、家の中で。石炭ストーブで暖め、餌を与えた。
18週後、**1羽あたり62セント**で売れた。
当時としては、良い価格である。
**1926年、1万羽。1928年、2万6000羽**。
彼女は、鶏舎を建てた。夫は沿岸警備隊を辞めて、家業に加わった。
近隣の農家が、真似を始めた。
**デルマーバ半島**(デラウェア、メリーランド、ヴァージニアの3州にまたがる半島)が、**アメリカ最初のブロイラー産地**になった。
(1930年代、この地域で年間700万羽。1942年、9000万羽。)
**技術**。
いくつかの発見が重なった。
**(1)ビタミンD**(1922年、エルマー・マッカラム)。
くる病の原因が、日光ではなく、**ビタミンDの欠乏**であることが判明した。
**タラの肝油**を飼料に混ぜれば、**日光なしで、屋内で飼える**。
これが、決定的だった。屋内飼育が可能になり、規模の制限が外れた。
**(2)配合飼料**。
トウモロコシと大豆粕を基礎に、ビタミンとミネラルを添加した、栄養が計算された飼料。
**(3)抗生物質**(1940年代後半)。
飼料に少量の抗生物質を混ぜると、病気を防ぐだけでなく、**成長が速くなる**ことが発見された(1948年、レダリー研究所のトマス・ジュークス)。
理由は、いまも完全には解明されていない(腸内細菌叢の変化とされる)。
これで、**高密度の飼育**が可能になった。
(この「成長促進のための抗生物質」の使用が、後に**薬剤耐性菌**の問題として、深刻な議論の対象になる。EUは2006年に、アメリカは2017年に、成長促進目的の使用を禁じた。)
**(4)品種改良**。
**1948年、「明日のチキン(Chicken of Tomorrow)」品評会**。
アメリカの食料品チェーン **A&P** が主催し、農務省が協力した全米規模の競技。
課題——「**胸と脚に肉が多く、成長が速い鶏を作れ**」。
各地の予選を経て、1948年と1951年に全国決勝が行われた。審査は、実際に育てて、屠殺して、枝肉の形と重量で評価する。
優勝——1948年、カリフォルニアの**チャールズ・ヴァントレス**(コーニッシュ×ニューハンプシャーの交配)。
これが、以後の**世界のブロイラーの遺伝的な基礎**の一つになった。
(現在、世界のブロイラーの遺伝資源は、実質的に**2〜3社**が握っている。アビアジェン社〈ロス、アーバー・エーカーズ〉、コッブ=ヴァントレス社〈タイソンの子会社〉。ヴァントレスの名が、いまも社名に残っている。)
**数字**。
ブロイラーの成長の変化。
| | 出荷までの日数 | 出荷時体重 | 飼料要求率 | |---|---|---|---| | 1925年 | 112日 | 1.1 kg | 4.7 | | 1950年 | 84日 | 1.4 kg | 3.0 | | 1980年 | 52日 | 1.8 kg | 2.0 | | 2020年代 | **42日以下** | **2.7 kg** | **1.6** |
(飼料要求率=体重1kgを増やすのに必要な飼料のkg数。**低いほど効率が良い**。)
**6週間**で、2.7kg。
(2007年の研究〈ハヴェンスタインら〉が、1957年の品種と2001年の品種を、同じ飼料で同じ条件で育てて比較した。43日齢で、1957年の品種が**539g**、2001年の品種が**4,202g**。**約8倍**。)
**インテグレーション**。
同時に、産業の構造が変わった。
**垂直統合**。1社が、種鶏、孵化場、飼料工場、飼育、加工場、流通を、すべて所有あるいは支配する。
(1940年代後半、ジェシー・ジュエルという飼料商が、この方式を始めた。彼は農家に雛と飼料を貸し、育った鶏を買い取った。)
農家は、**契約生産者**になった。
- 会社が、雛と飼料と薬を供給する。 - 農家は、鶏舎(1棟が数千万円)を自己資金で建て、労働を提供する。 - 会社が、育った鶏を引き取り、**他の農家との相対評価**(トーナメント方式)で報酬を決める。
農家は、自分の鶏を持たない。値段を決められない。買い手は一社しかない。
(アメリカのブロイラー農家の多くが、負債と、低い収益に苦しんでいるという報告が繰り返し出されている。)
**規模**。
- 世界の鶏の数:**約230億羽**(常時。年間の屠殺数は**約700億羽**)。 - **地球上で、最も個体数の多い鳥類**であり、**最も個体数の多い陸上脊椎動物**である。 - 地球上の鳥類のバイオマスのうち、**約70%が家禽**である(野生の鳥は30%)。
**地質学的な痕跡**。
2018年、地質学者らが論文を発表した(ベネットら『Royal Society Open Science』)。
現代のブロイラーの骨は、その祖先とも、20世紀半ばの鶏とも、**形態が明確に異なる**。骨が多孔質で、成長が異常に速く、化学組成も違う。
そして、年間700億羽が屠殺され、その骨が埋立地に埋められている。
彼らの結論——**ブロイラーの骨は、人新世を定義する、最も明瞭な化石の指標の一つになる**。
未来の地質学者が、20世紀後半以降の地層を掘れば、この鳥の骨が、世界中から出てくる。
**福祉**。
急速な成長は、代償を伴う。
- **脚の障害**。体重の増加に、骨と関節が追いつかない。多くの個体が、跛行し、あるいは座り込んだまま動けなくなる。 - **腹水症**と**突然死症候群**。心臓と肺が、体重に対して小さい。 - **接触性皮膚炎**。座っている時間が長く、敷料のアンモニアで胸と脚に炎症を起こす。 - **親鳥の飢餓**。種鶏(ブロイラーを産む親)は、成長を続けると繁殖できないので、**餌を制限される**。慢性的な空腹の状態に置かれる。
**「よりよい鶏の約束(Better Chicken Commitment)」**——成長の遅い品種、飼育密度の上限、明暗のサイクル、止まり木——を掲げる企業の運動が、2016年頃から広がっている。
**セリア・スティール**。
彼女とその夫は、1930年代までに、大規模な養鶏業者になった。
1940年、二人は事業を売却した。
セリア・スティールは1979年に死んだ。
デラウェア州オーシャンビューに、記念の標識がある。
「**ここから、ブロイラー産業が始まった**」。
100年前、500羽の雛が、間違って届いたところから。