概要
ガウガメラの3週間後、総督マザイオスが門を開けた。花が撒かれ、祭壇に香が焚かれた。マルドゥクに犠牲を捧げ、クセルクセスが壊した神殿の再建を命じた。ペルシアの征服者が、ペルシアの都で、バビロンの神の前に跪いた。8年後、同じ街で死んだ。
場所
バビロン
32.54°N 44.42°E · イラク・バービル県
32.54°N 44.42°E · イラク・バービル県
関わった人(1)
アレクサンドロス3世BC356年7月20日(21日説あり)–BC323年6月10日(11日説あり) · 王本文
BC331年10月1日、ガウガメラ。 ダレイオスは東へ。エクバタナ。 アレクサンドロスは南へ。 バビロン。 マザイオス。ガウガメラで右翼を率いた。バビロニアの総督。 街の前で、息子たちと。降伏。 ヘロドトスの街。壁。イシュタル門。 「道に花。祭壇に香。銀の祭壇。馬、獅子、豹の贈り物。魔術師。カルデア人。楽人」。クルティウス。 「彼は戦車で城に入った」。 マルドゥク。エサギラ。 「クセルクセスが壊した」。BC482年の反乱のあと。像を持ち去った、と。 「再建せよ」。 土を運んだ。1万人。 「ベルの神殿」。 34日。 「兵が、バビロンの女と酒で」。 マザイオスをバビロニアの総督に。ペルシア人を、そのまま。 「マケドニアの将軍を守備隊の長に。ギリシア人を徴税に」。 「ペルシアの制度を、ペルシア人と共に」。 バビロン天文日誌。粘土板。「10月、アレクサンドロス、世界の王、バビロンに入る」。 「イスカンダル」。 スーサ。ペルセポリス。 BC323年、帰ってきた。 「カルデア人が、東から入るなと」。 「西から入った」。 5月、ヘファイスティオンの葬儀の準備。 6月、熱。 6月11日。 バビロン天文日誌。「王が死んだ。曇り」。 ネブカドネザルの宮殿で。 「バビロンを都にするつもりだった」。 「アラビアへ、船で」。 「東と西の間」。 セレウコスが、BC305年、ここから。セレウキアを建てて、バビロンは空になった。 イシュタル門は、ベルリンにある。 彼が入った門。