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Event / できごと

アレクサンドロスのバビロン入城

Alexander enters Babylon
BC331年10月
重要度 4

概要

ガウガメラの3週間後、総督マザイオスが門を開けた。花が撒かれ、祭壇に香が焚かれた。マルドゥクに犠牲を捧げ、クセルクセスが壊した神殿の再建を命じた。ペルシアの征服者が、ペルシアの都で、バビロンの神の前に跪いた。8年後、同じ街で死んだ。

場所

バビロン
32.54°N 44.42°E · イラク・バービル県

関わった人(1)

アレクサンドロス3世BC356年7月20日(21日説あり)–BC323年6月10日(11日説あり) · 王

本文

BC331年10月1日、ガウガメラ。 ダレイオスは東へ。エクバタナ。 アレクサンドロスは南へ。 バビロン。 マザイオス。ガウガメラで右翼を率いた。バビロニアの総督。 街の前で、息子たちと。降伏。 ヘロドトスの街。壁。イシュタル門。 「道に花。祭壇に香。銀の祭壇。馬、獅子、豹の贈り物。魔術師。カルデア人。楽人」。クルティウス。 「彼は戦車で城に入った」。 マルドゥク。エサギラ。 「クセルクセスが壊した」。BC482年の反乱のあと。像を持ち去った、と。 「再建せよ」。 土を運んだ。1万人。 「ベルの神殿」。 34日。 「兵が、バビロンの女と酒で」。 マザイオスをバビロニアの総督に。ペルシア人を、そのまま。 「マケドニアの将軍を守備隊の長に。ギリシア人を徴税に」。 「ペルシアの制度を、ペルシア人と共に」。 バビロン天文日誌。粘土板。「10月、アレクサンドロス、世界の王、バビロンに入る」。 「イスカンダル」。 スーサ。ペルセポリス。 BC323年、帰ってきた。 「カルデア人が、東から入るなと」。 「西から入った」。 5月、ヘファイスティオンの葬儀の準備。 6月、熱。 6月11日。 バビロン天文日誌。「王が死んだ。曇り」。 ネブカドネザルの宮殿で。 「バビロンを都にするつもりだった」。 「アラビアへ、船で」。 「東と西の間」。 セレウコスが、BC305年、ここから。セレウキアを建てて、バビロンは空になった。 イシュタル門は、ベルリンにある。 彼が入った門。

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