ザラスシュトラ
概要
善と悪が争い、人はどちらに与するか選べると説いた。死後の審判という考えは、のちのユダヤ教・キリスト教・イスラームにも影を落としている。
別名
ゾロアスター
関わったできごと(1)
ゾロアスターの教え不明(BC1500年頃からBC600年頃まで諸説) · 説いた本文
古代イランの宗教者で、ゾロアスター教の開祖とされる。ザラスシュトラは古いイランの言葉での名で、ギリシア人はそれをゾロアストレスと写した。日本で知られる「ゾロアスター」はそこから来ている。

いつの時代の人なのか、定まっていない。紀元前1500年頃とする説から紀元前600年頃とする説まで、千年近い幅がある。手がかりの一つは、本人の作とされる讃歌の言葉である。古アヴェスター語と呼ばれるその言葉は、インド最古の聖典『リグ・ヴェーダ』のサンスクリットにとてもよく似ていて、同じくらい古いと考えられる。讃歌に描かれる暮らしも、牛を飼う牧畜の社会で、鉄や都市の気配が無い。こうした理由から、紀元前1000年前後かそれより古いとみる研究者が多い。一方、後のゾロアスター教の伝承は、アレクサンドロス大王の258年前の人としていて、それに従えば紀元前6世紀になる。
どこの人かもはっきりしない。讃歌に出てくる地名や後の伝承から、イラン東部から中央アジアにかけての地域だったと考えられているが、決め手は無い。

本人の言葉と考えられているのは、「ガーサー」と呼ばれる17の讃歌だけである。後のゾロアスター教の聖典『アヴェスター』の一部として伝わった。短く、難しい言葉で書かれていて、訳す人によって意味が大きく変わる。そこからうかがえるザラスシュトラは、祭儀を執り行う祭司でありながら、仲間も家畜も少なく、人々に受け入れられずに苦しむ人である。やがてウィーシュタースパという名の君主が彼の教えを受け入れ、保護したことが讃歌に記されている。
説いたのは、世界を貫く善と悪の対立だった。最高の神は「賢明なる主」アフラ・マズダーである。はじまりのとき、二つの霊がいて、一方は善と真理を、もう一方は悪と偽りを選んだ。人もまた、そのどちらに与するかを自分で選ばなければならない。真理と秩序を意味する「アシャ」に従うか、偽りを意味する「ドゥルジ」に従うか。善い考え、善い言葉、善い行いが、人の選ぶべき道とされた。

それまでの宗教は、多くの神々に供え物をして機嫌を取り、恵みを願うものだった。ザラスシュトラは、古い神々の一部を偽りの側のものとして退け、人が自分の行いによって善の側に立つことを求めた。神々の機嫌を取る宗教から、人の選択を問う宗教への転換だったと言われる。讃歌の中には、牛を虐げる者を責め、牛を守れと訴える言葉も繰り返し出てくる。牧畜の民の暮らしと、正しく生きることとが、分かちがたく結びついていた。
人は死んだ後、その行いを裁かれる。善い者は橋を渡って最善の世界へ進み、悪い者はそこから落ちる。そして世界の終わりには、悪が打ち負かされ、世界は新たにされる。後の伝承では、その終わりの時に救い主が現れるとされた。死後の審判、天国と地獄、救世主の到来、最後の勝利。この枠組みは、のちのユダヤ教やキリスト教、イスラームのものとよく似ている。ユダヤの人々が、ペルシアの支配のもとで暮らした時代(バビロン捕囚の後)にその影響を受けたとみる研究者は多いが、どこまでが影響でどこからが独自の発展かについては議論が続いている。

アケメネス朝ペルシアの王たちは、碑文でアフラ・マズダーの名を唱えた。ダレイオス1世は、自分が王になったのはアフラ・マズダーの恵みによると刻ませている。ただし、王たちがザラスシュトラの教えをどこまで奉じていたのかは分からない。3世紀に興ったササン朝(ササン朝の成立)では、ゾロアスター教が国の宗教になり、口で伝えられてきた聖典が、このために作られた文字で書き記された。火は真理と清らかさのしるしとして重んじられ、各地に聖なる火を絶やさず守る神殿が建てられた。
伝記として伝わる話は、伝説に覆われている。生まれたとき泣かずに笑ったという話は、古代ローマのプリニウスも書き留めている。悪魔の誘惑を退けた、王の前で奇跡を見せた、といった話も後の時代に語られたもので、最後は祭壇の前で敵に殺されたという伝承もある。

7世紀にイスラームの軍がササン朝を滅ぼすと、ゾロアスター教の信者は少しずつ減っていった。一部の人々は8世紀から10世紀頃に海を渡ってインドの西海岸に移り住み、その子孫は「パールシー」と呼ばれて、いまもムンバイなどに暮らしている。世界の信者は十数万人ほどとされる。
19世紀の終わりには、ドイツの哲学者ニーチェが『ツァラトゥストラはこう語った』を書き、この名を使った(神は死んだ)。善と悪を最初に説いた人の口から、その善悪を乗り越えよと語らせたのである。生きた時代も場所も分からない一人の宗教者の名が、3000年近くの時を越えて語り継がれている。