人物

エディ・マボ

Eddie Mabo
AD1936年6月29日 – AD1992年1月21日(享年55)
オーストラリア(メリアム)重要度 3

概要

「無主の地」という法の建前を裁判で覆した。判決は本人の死の5か月後に出る。

関わったできごと(1)

マボ判決AD1992年6月3日 · 原告

本文

エディ・マボは1936年6月29日、オーストラリア大陸の北の先とニューギニアのあいだに浮かぶトレス海峡の、メール島(マレー島)に生まれた。島に住むメリアムの人々の一人で、生まれたときの名はエドワード・コイキ・サンボという。母はお産のあとまもなく死に、島の習わしに従って、叔父のベニー・マボの養子として育てられた。

メール島は火山の島で、周囲は豊かなサンゴ礁に囲まれている。メリアムの人々は何百年も前から、ここで畑を耕し、魚をとって暮らしてきた。島では、どの畑が誰のものか、境界の石がどこにあるかを、全員が知っている。土地は家ごとに代々受け継がれ、争いがあれば島の長老たちが裁いた。少年のコイキも、養父に連れられて島を歩き、一族の土地の境と、その由来を覚えた。

1879年、トレス海峡の島々はイギリスの植民地クイーンズランドに組み込まれた。オーストラリアの法の建前では、島々の土地は、その時点で国王のものになった。そもそもの始まりは、1770年、ジェームズ・クックがこの海峡の小島に上陸し、大陸の東岸をイギリス国王の領土と宣言したことにある(クックの太平洋航海)。イギリスは、先住民が土地を耕さず、法も持たない「無主の地」(テラ・ヌリウス)だったから、そのまま自分のものにできた、という考え方をとった。この建前は、200年近く、裁判所でも覆されなかった。

若いころのマボは、島の掟に背いて1年間島を追われたのをきっかけに本土へ渡り、真珠貝の採取船、サトウキビの刈り取り、鉄道の保線の仕事をして暮らした。1959年に結婚し、大勢の子を育てた。先住民の権利を求める労働運動や政治の集会にも加わった。1967年からは、クイーンズランド州タウンズヴィルのジェームズ・クック大学で庭師として働いた。

1970年代の初め、大学の昼休みに、マボは歴史学者のヘンリー・レイノルズとノエル・ルースと話していた。メール島の自分の土地のことを語るマボに、二人は、法の上では、その土地はあなたのものではなく国王の土地なのだと告げた。マボはひどく驚き、信じなかったと伝えられる。自分たちが何世代も耕してきた畑が、自分たちのものではないというのである。島で誰もが知っている事実と、法の建前とが、真っ向から食い違っていた。

1973年、マボはタウンズヴィルに先住民の子どものための学校を開いた。島の言葉と文化を教える学校で、10年ほど続いた。そして1982年、メール島の仲間4人とともに、クイーンズランド州を相手に、オーストラリアの最高裁判所である高等法院に訴えを起こした。メリアムの人々は、植民地になる前から土地の権利を持っており、その権利はいまも消えていない、という主張である。

裁判は10年かかった。クイーンズランド州は、1985年に島々の先住民の権利を最初から無かったことにする州法を作って、訴えを封じようとした。高等法院は1988年、その州法は人種差別を禁じる国の法律に反するとして退けた。事実を調べる審理では、マボ自身の養子縁組や土地の相続をめぐる証言が、裁判官に信用されないという苦い場面もあった。

1992年1月21日、エディ・マボはがんのため55歳で死んだ。その5か月足らずのち、1992年6月3日、高等法院は判決を下した(マボ判決)。7人の裁判官のうち6人が、メリアムの人々はメール島の土地について先住の権原を持つと認めた。オーストラリアが無主の地だったという前提は、事実にも正義にも反するとして否定された。判決は「マボ判決」と呼ばれ、自分の名が付いた判決を、マボは知らずに死んだ。

翌1993年、連邦議会は「先住権原法」を作り、先住民が土地の権利を求める手続きを定めた。以後、各地の先住民の集団が、その土地とのつながりを示して権利を認められるようになった。ただし、すでに牧場や私有地になった土地では権利が消えたとされることも多く、判決の影響の大きさと限界をめぐって、いまも議論が続く。

1995年、タウンズヴィルにあったマボの墓が、人種差別の落書きで汚された。家族は遺骨をメール島に移し、島の伝統の儀式で葬り直した。毎年6月3日は「マボの日」として記念されている。先住民の権利の歩みは、1967年の国民投票(オーストラリア)から、この判決を経て、子どもを家族から引き離した政策(盗まれた世代)への国の謝罪へと続いていく。

この項目は誰でも直せます。編集する編集履歴
AD1936年の世界を地図で見る国境・できごと・生きている人が、その年のものに入れ替わります歴史データベースとは? →