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Event / できごと

砂糖とプランテーション

Sugar and the plantation
AD1650年頃
重要度 5

概要

バルバドスは1640年代に砂糖に転じた。土地を大農園にまとめ、労働をアフリカからの奴隷で賄う。「砂糖革命」。製糖は、収穫から24時間以内に搾って煮詰めなければならない。だから、農業と工場が一体で、24時間、人が動く。この方式がジャマイカ、サン・ドマング、ブラジル、キューバへ広がった。大西洋を渡った1200万人の奴隷の、大半が砂糖のために働いた。ヨーロッパの茶とコーヒーが甘くなった。

場所

バルバドス位置は特定されていない(誤差 ±25km)
13.19°N -59.54°E · バルバドス

本文

サトウキビ。ニューギニア原産。インドで結晶にする技術が生まれ(「サッカラ」)、アラブがそれを地中海へ運び、十字軍がヨーロッパへ持ち帰った。中世のヨーロッパでは、砂糖は薬屋で売る薬で、香辛料の一種だった。

大西洋の島。15世紀、ポルトガルがマデイラとサントメで、スペインがカナリアで、サトウキビの農園を作った。労働は、初め契約労働者と、やがてアフリカから運んだ奴隷。この「島のプランテーション」の型が、そのまま大西洋を渡った。

ブラジル。1530年代から、ペルナンブーコとバイーアで。1600年頃、世界の砂糖の大半がここから。

バルバドス。1627年、イギリスが入植した。初めタバコと綿を作ったが、ヴァージニアに勝てなかった。1640年代、オランダ人(ブラジルから来た。オランダは1630〜54年、ブラジル北東部を占領していた)が、製糖の技術と、信用と、奴隷の供給を持ち込んだ。

「砂糖革命」。10年で、島が変わった。

(1)土地。小さな農地が、大農園に統合された。1645年、農園の平均は10エーカー、1667年には200エーカー以上。小農は追い出された。 (2)労働。1645年、白人の年季奉公人1万1200人、黒人奴隷5680人。1667年、白人8300人、黒人8万2000人。 (3)人口密度。バルバドスは430平方キロ。1680年代、世界で最も人口密度の高い土地の一つになり、そして最も富んだ植民地になった(ロンドンへの砂糖の輸出額が、北米13植民地の全輸出額を上回った時期がある)。

製糖工場。ここが、他の作物と違う。

サトウキビは、刈ってから24時間以内に搾らなければ、糖が失われる。だから、収穫と製造が、時計で繋がっている。畑で刈る人、運ぶ人、ローラーで搾る人(鉄のローラーに手を挟まれる事故が多く、鉈を持った人が横に立っていた——腕を切り落とすために)、煮る人(5つの大釜を順に、熱い液を柄杓で移す)、結晶を型に入れる人。

収穫期(ザフラ)の4〜6か月、工場は昼夜、動き続けた。18時間労働。「農業と工業の中間の形」(シドニー・ミンツ『甘さと権力』)。近代の工場労働の原型が、ここにある、という見方がある。

死亡率。カリブの砂糖植民地では、奴隷の死亡が出生を上回り続けた。人口を維持するために、輸入し続けなければならなかった。ジャマイカでは、1655年から1807年までに約75万人が運ばれ、1807年(奴隷貿易の廃止)の時点で人口は35万人だった。

数。大西洋を渡ったアフリカ人は約1250万人(うち約1070万人が到着。約180万人が航海中に死んだ)。行き先の内訳は、ブラジル約46%、カリブ諸島約36%、スペイン領アメリカ約11%、北米(後の合衆国)約4%。その大半が、砂糖の労働だった。

消費。イギリス人一人あたりの砂糖の消費は、1700年に年1.8キロ、1800年に8キロ、1900年に40キロ。茶に入れる砂糖が、工場労働者の安いカロリー源になった。「砂糖入りの紅茶とパン」が、19世紀のイギリスの労働者の食事になった。

三角貿易。ヨーロッパから武器と布と酒をアフリカへ、アフリカから人をアメリカへ、アメリカから砂糖とラムと綿をヨーロッパへ。ただし、実際の航路はもっと複雑で、多くの船は単純な三角形を描かなかった。

廃止。1791年、サン・ドマング(世界の砂糖の4割を作っていた)で奴隷が蜂起した。1804年、ハイチ。1807年、イギリスが奴隷貿易を禁止。1833年、イギリスの奴隷制廃止(奴隷所有者に2000万ポンドの補償。奴隷への補償はなかった)。1848年、フランス。1863年、オランダ。1888年、ブラジル。

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