概要
聖武天皇の四十九日に、光明皇后が遺愛の品を東大寺に納めた。その中に楽器が18種75件あった。螺鈿紫檀五絃琵琶(世界に現存する唯一の五絃琵琶。インド起源で、ペルシアと唐を経て来た)、漆胡瓶、箜篌(ハープ)、尺八、方響。国家が管理する倉に、1250年、風だけが通る校倉で保たれた。同じ時代のものが、原産地のどこにも残っていない。
場所
34.69°N 135.81°E · 奈良県
本文
756年6月21日(天平勝宝8歳5月2日)、聖武太上天皇の四十九日。光明皇太后が、夫の遺愛の品650点余りと、薬60種を、東大寺の廬舎那仏に献納した。その目録が『東大寺献物帳(国家珍宝帳)』。
品は、大仏殿の北西の倉——正倉院——に納められた。校倉造。三角の材を井桁に組み、床を高く上げる。雨のとき材が膨らんで隙間を塞ぎ、乾くと縮んで空気を通す、と長く説明されてきた(近年は、内側の唐櫃の密閉性のほうが効いた、という見方が強い)。
楽器は、およそ18種75件。
**螺鈿紫檀五絃琵琶**。全長108.1cm。紫檀の胴に、夜光貝と鼈甲で、熱帯の花と鳥、そして駱駝に乗って琵琶を弾く人物を象嵌してある。世界に現存する唯一の五絃琵琶。五絃琵琶はインドに起こり、西域を経て唐に入った。中国にも、インドにも、実物は残っていない。
四絃の琵琶(螺鈿紫檀阮咸、桑木阮咸ほか)。
**箜篌(くご)**。ハープ。西アジアのアングル・ハープが東へ伝わったもの。
**尺八**。8本。うち3本は玉と象牙。当時のものは6孔で、現代の尺八(5孔)とは別の系統。
**方響**。長方形の鉄板を吊るして打つ、旋律を持った打楽器。
**排簫**。パンフルート。
**漆胡瓶**。ペルシア風の水差し。鳥の頭の形の注ぎ口。
**新羅琴**(伽耶琴の祖)。**和琴**。**横笛**。**竽(う)**と**笙**。**腰鼓**。
奏でるためのものだけでなく、それを演奏する場面の道具も残った。**伎楽面**171面。呉女、迦楼羅、酔胡王(酔ったペルシア人の王)、酔胡従。桐や乾漆で作られ、頭からすっぽり被る。
伎楽は、612年、百済の味摩之が伝えた、と『日本書紀』にある。大陸のどこにも伝わっていない芸能で、面だけが日本に残った。
なぜ残ったか。
(1)勅封。倉を開けるには天皇の許可が要る。1250年、その制度が守られた。 (2)東大寺が焼けても(1180年の平重衡、1567年の松永久秀)、正倉院だけは焼けなかった。 (3)材質。乾いた気候ではないが、高床と、木の櫃の中の湿度の緩やかさが、有機物を保った。
とはいえ、無傷ではない。平安時代に何度か開封され、武器や薬が持ち出された記録がある(藤原仲麻呂の乱のときの武具の持ち出しは、目録に「出用」と朱で書かれている)。
明治になって政府の管理に移り、1875年から東大寺の手を離れた。1946年から、秋に一部を奈良国立博物館で公開している(正倉院展)。
宝物の総数、約9000件。ペルシアのガラス(白瑠璃碗。イランで出土するものと同型)、ローマ系の技法、インドの意匠、唐の工芸、そして日本の製作。シルクロードの終点、と言われる。
正確には、終点ではなく、たまたま、その時代のものが一まとめに残った唯一の場所である。