概要
水底の軟らかい泥の下を掘る。崩れる。マルク・ブルネルは、船食い虫が硬い殻を分泌しながら木を進む様子から、掘る先端を鉄の枠で囲う方法を考えた。掘っては枠を前へ押し、後ろを煉瓦で固める。シールド工法である。1825年に着工し、五度の浸水と、汚水による病と、資金の枯渇に遭い、十八年かかった。息子イザムバードも溺れかけている。開通後は歩行者の通路となり、後に鉄道が通った。いまもロンドン地下鉄が走っている。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
関わった人(1)
マルク・イザムバード・ブルネルAD1769年4月25日–AD1849年12月12日 · 設計本文
**問題**。
(——**テムズ川の下を、**通す**。
**橋では、駄目な理由**。
〈**——**ロンドン橋より下流には、**橋が、架けられなかった**。
**帆船が、**通れなくなる**からである**。
**——**そして、**ロンドン港は、**世界最大の港**だった**。〉
**そして、**川の下の地層**。
〈**——**ロンドン粘土**なら、まだよい**。
**——**しかし、**川床の直下は、**砂と、砂利と、泥**である**。
**そして、**水を含んでいる**。
**——**掘れば、**崩れる**。**そして、**川の水が、入ってくる**。〉
**先行の試み**。
〈**1799年、**ラルフ・ドッド**——**失敗**。
**1805年、**コーニッシュの鉱山技師たち**(リチャード・トレヴィシックを含む)。
**——**約300メートル、掘った**。
**そして、**二度、浸水し、**中止**。
**——**「不可能である」**と、結論された**。〉)
**着想**。
(**マルク・イザムバード・ブルネル**(1769〜1849年)。
**——**フランス生まれの、亡命者**。
**そして、彼が、**チャタムの造船所で、**船食い虫**(Teredo navalis)**を、観察した**、と伝えられる**。
〈**——**「フナクイムシ」**。
**貝の一種である**(虫ではない)。
**——**木に、**穴を開けて、進む**。
**そして、**進みながら、**自分が分泌する石灰質で、**通った跡の壁を、固める**。
**——**だから、**崩れない**。〉
**「同じことを、やればよい」**。
**——**掘る先端を、**枠で囲う**。
**そして、**掘り進みながら、**後ろを、固める**。〉
〈**——**この逸話は、ブルネル自身の説明として伝えられている**。
**——そして、**どこまで着想の実際の経緯を反映しているかは、確かめられない**。〉)
**シールド**。
**1818年、特許**。
(——**構造**。
〈**——**鉄の枠**を、**格子状に、組む**。
**〈36の区画。縦12、横3。〉**
**そして、**各区画に、**一人ずつ、坑夫が入る**。
**目の前に、**板**が、当ててある**。
**——**その板を、**一枚だけ外し、**その分だけ掘り、**板を、前に当て直す**。
**——**これを、**繰り返す**。
**そして、**全部の板が、少し前に出たら、**枠全体を、ねじで、前へ押す**。
**——**押した後ろに、**煉瓦を、積む**。〉
**——**つまり、**「一度に、全部を開けない」**。
**常に、**支えられている**。〉)
**工事**。
**1825年、着工**。
(——**そして、**十八年**。
**起きたこと**。
〈**(1)**浸水**。
**——**五回**。
**1827年5月18日**——**最初の大きな浸水**。
**〈——川底の泥を、浚渫船が浚いすぎて、**土被りが薄くなっていた**。〉**
**——**息子の**イザムバード・キングダム・ブルネル**(当時21歳、現場主任)が、**潜水鐘で、川底から、穴を塞いだ**。
**1828年1月12日**——**二度目**。
**——**六人が、死んだ**。
**そして、**イザムバード自身が、**流されて、重傷を負った**。
**〈——彼は、療養のためにブリストルへ行き、**そこで、クリフトン吊り橋の設計競技に応募した**。**
**——そこから、彼の経歴が始まる。〉**
**——**この事故の後、**工事は、七年、止まった**。
**〈資金が、尽きた。**
**——1834年、政府が融資して、再開。〉**
**(2)**病気**。
〈**——**当時のテムズ川は、**下水である**。
**——**掘っている坑夫の頭上から、**汚水が、滴った**。
**そして、**「トンネル病」**——**発熱、失明、皮膚の炎症**。
**——**多くの坑夫が、**倒れ、そして、死んだ**。
**〈記録に残る死者は、**十数人**。**
**——実際には、より多いと考えられている。〉**
**さらに——**メタンガス**。
**——**火が付いて、**「青い炎が、坑内を走った」**という記述がある**。〉
**(3)そして、**金**。
〈**——**当初の見積もりを、**大幅に超えた**。〉)
**開通**。
**1843年3月25日**。
(——**着工から、**十八年**。
**長さ——**396メートル**。**幅——**11メートル**。**二本の通路**。
**——**そして、**当初の目的だった、馬車の通行のための斜路は、**作られなかった**。
〈**——**金が、無い**。
**——**だから、**歩行者専用**として、開いた**。〉
**開通の日、**五万人が、通った**。
**そして、**最初の三か月で、**百万人**。
〈**——**「世界の八番目の不思議」**と呼ばれた**。
**入場料——**一ペニー**。
**——**観光地になった**。
**〈トンネルの中に、**露店が並び、**大道芸人がいた**。**
**そして、**年に一度の市**が、開かれた。**
**——後に、**評判が、悪くなった**。**
**〈掏摸と、売春。**
**——「テムズ・トンネルの女たち」という言い方が、あった。〉〉**〉)
**その後**。
(**1865年、**イースト・ロンドン鉄道**が、買い取った**。
**——**1869年から、**列車が、通り始めた**。
**そして、いまも**。
〈**——**ロンドン地下鉄、**ロンドン・オーヴァーグラウンド**の、**ワッピングとロザーハイズの間**。
**——**世界で、**最も古い、水底トンネル**であり、**そして、いまも、毎日、使われている**。〉
**そして——**シールド工法**。
〈**——**改良され、**世界中で、使われた**。
**ジェイムズ・ヘンリー・グレートヘッド**(1869年)が、**円形のシールド**にした**。
**——**そして、**圧気工法**(トンネル内の気圧を上げて、水を押し返す)を、組み合わせた**。
**〈——これで、**ロンドン地下鉄の「チューブ」**が、掘られた。〉**
**そして、**いまの、**巨大なトンネルボーリングマシン**(TBM)**も、**原理は、同じである**。
**——**掘る先端を、**囲う**。
**そして、**後ろを、固めながら、進む**。
**〈青函トンネル、英仏海峡トンネル、そして、都市の地下鉄。〉**〉)
**そして**。
(——**マルク・ブルネルは、**開通の翌年、**脳卒中で倒れた**。
**1849年、死去**。**八十歳**。
**——**そして、彼は、**この工事の途中で、**破産して、債務者監獄に入ったことがある**(1821年、別件で)。
〈**——**そのとき、**ロシアの皇帝が、**彼を招こうとした**。
**——**イギリス政府が、慌てて、**彼の借金を、肩代わりした**。
**〈——「彼を、外国に取られてはならない」。〉**〉)