アメリカ大陸の大型動物の絶滅
概要
マンモス、地上性のナマケモノ、剣歯虎。人が着いてから2000年ほどで、大型哺乳類の属の大半が消えた。オーストラリアで起きたことが、もう一度起きている。
場所
34.28°N -103.32°E · アメリカ合衆国・ニューメキシコ州
本文
最後の氷期の終わりごろ、南北アメリカは大型の動物の大陸だった。北の草原には、長い牙のマンモスと、森に暮らすマストドンがいた。地上を歩く巨大なナマケモノは、大きなものでは象ほどの重さがあり、甲羅を背負ったアルマジロの仲間グリプトドンは、小型の自動車ほどもあった。それらを狙う剣歯虎、アメリカライオン、ダイアウルフ、足の長い巨大なクマ。ラクダも、そして馬も、この大陸で群れを作って草を食んでいた。
そこへ人がやって来た(アメリカ大陸への到達)。シベリアとアラスカが陸続きになっていた時代、あるいは海岸沿いに舟で、北から入ってきたと考えられている。いつ着いたのかは論争が続いている。長く、最初のアメリカ人は1万3000年前ごろに現れたクローヴィス文化の人びとだとされてきたが、チリのモンテ・ベルデの遺跡はそれより1000年以上古く、ニューメキシコ州の白い砂丘の跡に残された人の足跡を2万年以上前とする研究も出ている。

1929年、ニューメキシコ州の東部、クローヴィスの町の近くのブラックウォーター・ドローと呼ばれる涸れた川の跡で、マンモスの骨と一緒に、両面を薄く削って溝を彫った美しい石の槍先が見つかった。数年後の本格的な発掘で、槍先がマンモスの骨の間に埋まっていることが確かめられた。人が、氷期の巨大な動物と同じ時代に生き、それを狩っていた。この形の槍先は町の名をとってクローヴィス型と呼ばれ、やがて北アメリカの広い範囲で見つかることになる。
そして、大型の動物の大半が、1万2000年前から1万年前ごろまでに消えた。北アメリカでは体重45kgを超える哺乳類の属の7割ほど、南アメリカでは8割ほどになる。馬は、もともと北アメリカで進化した動物だったが、その故郷から姿を消した。15世紀の終わりにスペイン人が船で連れてくるまで、アメリカ大陸に馬はいなかった。

原因の論争は、オーストラリア(オーストラリアの大型動物の絶滅)と同じ形をしている。気候か、人か。
この時期は、氷期が終わって気候が急に変わった時代だった。暖かくなりかけたところで、1万2900年前ごろから1000年ほど、ふたたび寒の戻りがあった。草原は森や湿地に変わり、大きな草食動物の食べる草が減った。気候説は、この激しい変化を原因に挙げる。

一方、人説は、絶滅の時期が人の広がった時期とよく重なることを挙げる。1960年代、アメリカの古生物学者ポール・マーティンは、人を恐れることを知らない動物たちを、熟練した狩人たちが短い間に狩り尽くしたという説を唱えた。電撃戦にたとえられたこの説は、大きな反響を呼んだ。
手がかりは、人のいなかった場所にもある。アラスカ沖の孤島セントポール島では、マンモスが5600年前ごろまで生き残っていた。北極海のウランゲリ島では、さらに4000年前ごろまで生きていた。エジプトではすでに王朝が栄えていた時代になる。カリブ海の島々では、地上性のナマケモノが、本土で消えてから数千年あとまで生き延び、島に人が来たころに姿を消した。人の来なかった場所で長く生き残ったことは、気候の変化だけでは絶滅しなかったことを示しているように見える。

ただ、ブラックウォーター・ドローのように、人が大型動物を狩った確かな跡が残る遺跡は、北アメリカ全体でも数十か所ほどにとどまる。狩られたことがはっきりしているのは、ほとんどがマンモスとマストドンで、ラクダや馬、地上性のナマケモノを狩った跡はきわめて少ない。狩っていたことは確かでも、それだけで30を超える属を滅ぼせたのかは分からない。巨大な隕石や彗星の衝突が原因だという説も出されたが、多くの研究者は支持していない。いまは、急な気候の変化で数を減らした動物たちに、人の狩りがとどめを刺した、という重ね合わせの見方が多い。
『サピエンス全史』(物語「『サピエンス全史』で読む歴史」)は、これを「二度目」として書く。オーストラリアで起きたことが、人が新しい土地に着くたびに繰り返された、という筋になる。

大型の動物がいなくなったことは、その後のアメリカ大陸の歴史を変えたかもしれない。家畜にできる大型の動物はほとんど残らず、アンデスのラマとアルパカくらいしかいなかった。荷を引く動物も、乗って走る動物もいないまま、アメリカの文明は独自に育った。1万年あまりのち、馬に乗ったスペイン人が大陸に現れたとき(コロンブス交換)、アステカやインカの人びとが初めて見る馬に驚いたのは、そのためだった。