サムソン
概要
「太陽」。ナジル人。ペリシテ人の女を求め、謎かけをし、狐300匹の尾に火をつけて畑を焼き、デリラに秘密を売られた。目を潰されて臼を挽き、髪が伸びて、柱を倒した。「私はペリシテ人と共に死のう」。ミルトンとサン=サーンスが作品にした。
関わったできごと(1)
サムソン(伝承)BC1100年頃 · 士師本文
旧約聖書の『士師記』13章から16章に登場する怪力の英雄。ヘブライ語ではシムション。太陽を意味するシェメシュと同じ語から来た名である。生まれはダン族の町ツォルアで、すぐ隣には「太陽の家」を意味するベト・シェメシュの町があった。ペリシテ人の住む平野と、イスラエルの山地との境の土地である。

ペリシテ人は、紀元前12世紀ごろエーゲ海の方面から地中海の東岸に移り住んだ人々で、海岸の五つの都市に拠り、鉄の武器を持ち、山地のイスラエルを圧迫していた。士師記は、イスラエルが神の目に悪とされることをしたので、神は彼らを40年のあいだペリシテ人の手に渡した、という言葉でサムソンの物語を始める。
子のなかったマノアの妻のもとに神の使いが現れ、男の子が生まれること、その子は生まれたときからナジル人として神に捧げられ、頭に剃刀を当ててはならないことを告げた。ナジル人とは、ぶどう酒を断ち、髪を切らず、死体に触れないという誓いを立てて神に身を捧げた者である。だが成長したサムソンは、この誓いをあまり守っているようには見えない。ぶどう畑のそばで獅子に出会い、素手で引き裂いて殺した。後日その死骸に蜂が巣を作っているのを見つけると、蜜をかき出してなめた。死体に触れたことになる。最後まで守られたのは、髪を切らないことだけだった。もとはダン族に伝わっていた力持ちの民話に、のちからナジル人の枠をはめたのではないか、と考える研究者もいる。

サムソンは、ペリシテの町ティムナの娘を見て、妻にしたいと言い張った。両親は、なぜ無割礼のペリシテ人から嫁を取るのかと嘆いた。婚礼の宴で、彼はペリシテの若者30人に謎をかけた。食らう者から食べ物が出、強い者から甘いものが出た。答えは獅子と蜜だが、若者たちは解けず、花嫁を脅して答えを聞き出させた。花嫁は七日のあいだ泣いて夫から答えを聞き出し、若者たちに教えた。怒ったサムソンはアシュケロンの町に下ってペリシテ人30人を殺し、その衣を賭けの品として若者たちに渡した。
ここから報復の連鎖が始まる。妻を別の男に与えられたと知ったサムソンは、狐300匹を捕らえ、尾と尾を結んで松明を付け、ペリシテ人の麦畑とぶどう畑とオリーブ畑に放って焼いた。ペリシテ人は仕返しにサムソンの妻とその父を焼き殺し、サムソンはさらに多くのペリシテ人を打ち殺した。ユダの人々はペリシテ人を恐れてサムソンを縛って引き渡したが、彼は縄を引きちぎり、落ちていたろばの顎の骨をつかんで1000人を打ち殺した。ガザの町では、夜中に町の門を扉と柱ごと引き抜き、肩に担いでヘブロンの向かいの山の上まで運んだという。

やがてサムソンはソレクの谷に住むデリラという女を愛した。デリラがペリシテ人かイスラエル人かは書かれていない。ペリシテの五人の領主はそれぞれ銀1100枚を約束し、その力の秘密を探り出すようデリラに頼んだ。サムソンは三度、偽りの答えをした。乾いていない弓弦で縛れば、新しい縄で縛れば、髪を機織りの布に織り込めば、力はなくなる。そのたびにデリラは試し、サムソンはやすやすと縛めを解いた。それでも彼女は毎日しつこく迫り、サムソンは死ぬほどうんざりして、ついに本当のことを打ち明けた。剃刀を頭に当てたことはない、髪を剃られれば力は去る。デリラは彼を膝の上で眠らせ、人を呼んで七房の髪を剃らせた。
力を失ったサムソンはペリシテ人に捕らえられ、両目をえぐられ、青銅の足かせをはめられて、ガザの牢で臼を挽かされた。だがその髪は、また伸び始めていた。ペリシテの領主たちは、神ダゴンに大きな犠牲を捧げる祭りを開き、見世物にするためにサムソンを神殿に連れ出した。彼は手を引く少年に、神殿を支える柱に触らせてくれと頼み、最後にもう一度だけ力を与えてくださいと神に祈った。そして、私はペリシテ人とともに死のう、と叫んで、二本の柱を押した。神殿は崩れ、屋根にいた3000人を含む人々の上に落ちた。彼が死ぬときに殺した者は、生きているあいだに殺した者よりも多かった、と士師記は記す(サムソン(伝承))。サムソンは20年のあいだイスラエルを裁いたとされる。

獅子を素手で倒し、柱を押し倒し、女のために力を失う英雄は、ギリシアのヘラクレスとよく比べられる。19世紀には、髪を太陽の光とみて、切られて力を失い、また伸びて力を取り戻すのは冬と春の巡りを表すとする説も唱えられたが、いまはあまり支持されていない。士師記は、サムソンの物語のすぐあとに、そのころイスラエルには王がなく、人はみな自分の目に正しいと思うことをしていた、という言葉を置いている。デボラに始まる士師たちの時代の、乱れた終わりを描く物語でもある。続く時代に、イスラエルはサムエルを経て王を求めるようになる(サムエルとサウル)。
サムソンの物語は、後世の芸術家を引きつけた。王政復古のイングランドで、失明した詩人ミルトンは『闘士サムソン』を書き、目を奪われた英雄に自分を重ねた(ミルトンの代表作はミルトン『失楽園』)。ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルはそれをもとにオラトリオ『サムソン』を作り、サン=サーンスはオペラ『サムソンとデリラ』で、デリラが「あなたの声に私の心は開く」と歌う名高いアリアを書いた。1949年にはハリウッドで映画にもなった。デリラの名は、愛する男を裏切る女の代名詞として、多くの言葉の中に残っている。