ラグナル・ロズブローク
概要
「毛のズボン」。サガと詩の英雄。妻はアスラウグ、シグルドとブリュンヒルドの娘。息子はイーヴァル骨無し、ビョルン鉄脇、シグルド蛇眼、ハーフダン、ウッバ。ノーサンブリアのエラが蛇の穴に投げた。「子豚たちが唸る」。息子たちが865年に来た。実在の何人かのラグナルが一人にまとめられた。
関わったできごと(2)
ヴァイキングのパリ包囲AD845年 · 率いたラグナル・ロズブローク(伝承)AD850年頃(伝承) · 英雄本文
ラグナル・ロズブロークは、北欧のサガと詩でいちばん名高いヴァイキングの英雄である。「ロズブローク」は「毛むくじゃらのズボン」を意味する。13世紀のアイスランドで書かれた『ラグナルのサガ』によれば、若いラグナルは、王女ソーラの館を取り巻く大蛇を退治するため、毛皮のズボンにタールを塗って毒を防ぎ、蛇を刺し殺した。そのいでたちが呼び名になったという。もちろん伝説で、名の由来には別の説明もある。

サガの中のラグナルは、デンマークの王シグルズ・フリングの子とされる。ソーラが死んだあと、彼は羊飼いの娘クラーカに出会う。彼女の正体は、竜殺しシグルズと戦乙女ブリュンヒルドの娘アスラウグで、ラグナルとのあいだにイーヴァル骨無し、ビョルン鉄脇、シグルズ蛇眼、フヴィトセルクらを産んだ。12世紀末にデンマークのサクソ・グラマティクスが書いた『デンマーク人の事績』では、女戦士ラスゲルタが最初の妻として現れる。ラグナルの妻と子の顔ぶれは、書き手によってかなり違う。
ラグナルの最期は、どの話でも同じ筋をたどる。イングランドのノーサンブリアに攻め入ったラグナルは、王エラに捕らえられ、蛇の穴に投げ込まれた。蛇に咬まれながら、彼は「老いた猪の苦しみを知ったら、子豚たちはどんなに唸るだろう」と言って死んだ。息子たちのことである。12世紀ごろに作られた詩『クラーカの歌(クラークマール)』は、29の詩節でラグナルが自分の戦いを数え上げる「死の歌」で、最後は「笑って私は死ぬ」と結ばれる。ヴァイキングの死生観を語るときに必ず引かれる一節だが、作られたのはヴァイキングの時代が終わってから200年ほど後である。

では、歴史の記録に残るラグナルはいるのか。手がかりは9世紀のフランク王国の記録にある。845年3月、ラグナル(ラテン語でラグネルス、ラグネリなどと書く)という首領に率いられた120隻ほどの船団がセーヌ川をさかのぼり、パリを襲った(ヴァイキングのパリ包囲)。捕虜111人を川の中の島で吊るして見せつけ、西フランク王シャルル2世(禿頭王)から銀7000リーヴルを受け取って引き揚げた。聖ジェルマンの遺骸の移送を記した記録は、この首領が帰国後に病で死んだのを神の罰と書いている。彼がデンマーク王ホーリクの配下だったことも、フランク側の記録から読み取れる。このラグナルが伝説のラグナルの元の一人だとする研究者は多いが、確かめる手立てはない。
もう一つの手がかりは息子たちである。865年、イングランドに上陸した大軍(大異教軍のイングランド上陸)は、イーヴァル、ハールヴダン、ウッバらに率いられていた。12世紀以降の記録では、彼らは父ラグナルの仇を討つために来たとされる。867年、ノーサンブリア王エラはヨークでこの軍と戦って死んだ。エラの背を切り開いて肺を翼のように広げる「血の鷲」の刑で殺したという話は、後代の詩とサガにしか出てこない。その刑がそもそも行われたのか、詩の言い回しを後世が文字どおりに読んだのかは、研究者のあいだで論争が続いている。

息子とされる人々は、ほぼ実在が確かめられる。イーヴァルはアイルランドの年代記に出てくるダブリンの王イーマルと同じ人物とみる説が有力で、873年に「アイルランドとブリテンのすべての北方人の王」として死んだと記される。ハールヴダンはヨークを拠点にした王で、877年にアイルランドで戦死したとみられる。878年にデヴォンで討たれた「イーヴァルとハールヴダンの兄弟」は、後の記録でウッバと名がつけられた。ビョルン鉄脇は、859年からヘイスティンとともに地中海を荒らした首領として記録され、この一行がイタリアのルナの町をローマと思い込んで襲ったという話が、11世紀初めのノルマンディーの年代記にある。ただし、この人々の父がラグナルという名だったことを、同時代の記録は一つも書いていない。
いまの研究では、9世紀に活動した何人かのラグナルと、名高い首領たちの「父」をめぐる伝承が、数百年かけて一人の英雄にまとめられたと考えるのが普通である。実在の一個人として書く研究者は少なく、伝説上の人物とみる人が多い。それでも、デンマークやノルウェーの王家はシグルズ蛇眼を通じてラグナルの血を引くと語り、その系譜は中世の王権の飾りになった。

近代に入ると、ラグナルは北欧ロマン主義の詩や絵の題材になった。2013年に始まったテレビドラマ『ヴァイキング』が彼を主人公にしてから、世界でいちばん名を知られたヴァイキングになった。ヴァイキングの時代の全体については、物語「物語「ヴァイキング」」にまとめてある。