マルキオン
概要
シノペの司教の子、船主。140年頃ローマへ。20万セステルティウス。144年、追放され、金は返された。二つの神。旧約を捨てた。「福音書はルカだけ、それも削って」。『対立命題』。「最初の正典を作った男」。教会は彼に答えるために、自分の正典を。
所属
ローマ帝国関わったできごと(1)
マルキオンの正典AD144年 · 追放された本文
マルキオンは、2世紀の半ばにローマで自分の教会を立てた人で、キリスト教の歴史の上で初めて、読むべき聖典の一覧をはっきりと定めた人物とされる。生まれは85年頃、黒海の南岸の港町シノペである。著作はすべて失われ、その考えは彼を論駁した人々の本からしか分からない。後のエピファニオスは、彼の父がシノペの教会の司教だったと書き、テルトゥリアヌスは彼を船主と呼んだ。若いころ処女を誘惑して父に破門されたという話もエピファニオスにあるが、教会を汚したことのたとえとも読め、確かではない。

小アジアでの彼の評判は悪かったらしい。エイレナイオスの伝えるところでは、スミュルナの老司教ポリュカルポスは、マルキオンに私を知っているかと問われて、知っているとも、サタンの長子をと答えたという。船で財を成したマルキオンは、140年頃にローマへ移り、教会に20万セステルティウスという大金を寄付して迎えられた。
だがローマでも、彼の教えは受け入れられなかった。144年7月、ローマの教会は彼を退け、寄付した金をそっくり返した(マルキオンの正典)。マルキオンの信者たちは、のちにこの年を自分たちの教会の始まりとして数えている。彼はすぐに自分の教会を組織した。司教と長老を置き、礼拝と洗礼を行い、聖餐ではぶどう酒の代わりに水を使った。厳しい禁欲を求め、結婚した者には洗礼を与えなかったとも伝えられる。迫害されても殉教を恐れなかったことは、敵対する側も認めている。その広がりは速く、150年頃にユスティノスは、マルキオンがいまも生きていて、多くの民族の中で教えていると嘆いた。
マルキオンの教えの核心は、二つの神を分けたことにある。ユダヤ人の聖書、のちに旧約と呼ばれる書物の神は、世界を造り、律法を与え、違反した者を罰する正義の神である。目には目をと命じ、光とともに闇も造ったと自ら言うその神は、イエスが告げた神とは別だ、と彼は考えた。イエスは、それまで誰にも知られていなかった善なる神、愛と赦しの神を示すために現れたのであり、律法の神とは何のつながりもない。だからユダヤ人の聖書は、キリスト教徒の聖典ではない。彼は『対立命題』という本で、旧約の言葉と福音の言葉を並べ、両者が食い違うことを示そうとした。
そうであれば、キリスト教徒は何を読めばよいのか。マルキオンが選んだのは、一つの福音書と、パウロの手紙だけだった。福音書はルカによるものに近いが、彼はそこから旧約とのつながりを示す部分を削った。イエスの誕生と系図の話は無く、本文はティベリウス帝の治世の第15年に、イエスがガリラヤの町カファルナウムに降りて来たところから始まる。パウロの手紙は10通を採り、のちに新約聖書に入るテモテとテトスへの手紙は含まなかった。パウロが自分の福音のほかに福音は無いと書いたことを、マルキオンは文字どおりに受け取った。パウロこそがイエスの教えを正しく理解した唯一の使徒であり、ほかの使徒たちはユダヤ教の考えに引き戻してしまった、というのが彼の見方だった。
彼の死は160年頃とされる。だが教会は残った。2世紀の後半から、エイレナイオスやテルトゥリアヌスら主流の教会の書き手たちが、彼を名指しで論駁する本を次々に書いた(エイレナイオス『異端反駁』)。とくにテルトゥリアヌスの『マルキオン反駁』は5巻に及び、マルキオンの福音書と使徒書を一節ずつ取り上げて反論している。マルキオンの聖典の中身が今日おおよそ復元できるのは、皮肉にもこの反論のおかげである。

マルキオン派の教会は、とくに東方で長く続いた。5世紀になってもシリアの司教テオドレトスは、自分の教区の村々でマルキオン派の信者を改宗させたと書いている。善と悪の二つの原理を立てる考えは、のちのマニの教えに影響したという見方もある。
マルキオンの意義をめぐっては、近代の学者の間で大きな議論がある。20世紀初めのドイツの神学者アドルフ・フォン・ハルナックは、1921年に彼の研究書を著し、主流の教会は彼の挑戦に答えるために、四つの福音書と使徒たちの手紙を集めた自分たちの正典、つまり新約聖書を作ったのだと論じた。ハルナック自身は、近代のプロテスタント教会こそ旧約を正典から外すべきだと書いて、物議をかもした。一方で、マルキオン以前から福音書や手紙はすでに広く読まれ、集められつつあったのであり、彼の役割を大きく見すぎてはいけないという反論も強い。どちらの見方を取るかは、いまも研究者の間で分かれている。
それでも、マルキオンの立てた問いは消えなかった。厳しい律法の神と、無条件の愛を説く神は、本当に同じ神なのか。主流の教会は、同じ神だと答え、旧約を手放さなかった。旧約と新約を合わせて一つの聖書とするキリスト教の形は、この答えの上に立っている。