C・V・ラマン
概要
海が青い理由を確かめようとして、光が分子で散乱するときに色が変わる現象を見つけた。アジア人で初の科学分野のノーベル賞。
関わったできごと(1)
ラマン効果の発見AD1928年2月28日 · 発見本文
チャンドラセカラ・ヴェンカタ・ラマンは、1888年11月、南インドのティルチラーパッリで、タミルのバラモンの家に生まれた。父は学校で数学と物理を教える教師で、家には父の科学の本が並んでいた。ラマンは早熟で、11歳で大学の入学資格試験に合格し、マドラス(いまのチェンナイ)のプレジデンシー・カレッジに進んだ。16歳で学士号を首席で取り、物理学で金メダルを受けた。修士課程の学生だった18歳のとき、光の回折についての論文を、イギリスの学術誌に発表している。
だが、当時のインドで、科学の研究だけで生きていく道はほとんど無かった。イギリスへの留学は、健康診断で気候に耐えられないとされてあきらめた。1907年、彼は政府の財務官僚の試験を首位で通り、会計官としてカルカッタ(いまのコルカタ)に赴任した。
カルカッタで、ラマンはインド科学振興協会という小さな研究所を見つけた。インド人の医師が、インド人による科学の研究のために作った協会で、設備はあったが使う人はほとんどいなかった。ラマンは毎朝、出勤前にここで実験をし、夕方、役所の仕事を終えるとまた戻ってきて夜遅くまで研究を続けた。10年近く、役人と研究者の二重の生活を送った。この時期の研究テーマは音で、ヴァイオリンの弦の振動や、インドの弦楽器ヴィーナや太鼓の音の仕組みを調べた。

1917年、カルカッタ大学に新しく作られた物理学の教授職に招かれ、彼は役所を辞めた。給料は大きく下がったが、ためらわなかった。
転機は1921年、イギリスで開かれた大学の会議に出た帰りの船の上で訪れた。地中海を渡っているとき、彼は海の深い青さに目を留めた。当時の有力な説明は、イギリスの物理学者レイリーによるもので、海が青いのは空の青を映しているからだ、というものだった。ラマンは、偏光を通すニコル・プリズムという小さな道具を持っていた。それを通して海面を見ると、水面で反射する空の光を消すことができる。反射を消しても、海はまだ青かった。青さは水そのものから来ている。水の分子が光を散らしているのだ、と彼は考えた。船の上で書いた短い論文を、彼は寄港地からイギリスの科学誌に送っている。

カルカッタに戻ったラマンは、学生たちとともに、液体や気体や透明な固体が光をどう散乱するかを調べ始めた。光が細かい粒子や分子に当たって散らばるとき、散らばった光の色、つまり波長は、もとの光と同じだと考えられていた。だが彼らは、ごくかすかに、色の違う光が混じっていることに気づいた。
1928年2月、ラマンと弟子のK・S・クリシュナンは、その現象をはっきりと確かめた。太陽の光や水銀灯の光を、色ガラスのフィルターで一つの色だけにして液体に当て、散らばった光を分光器で調べると、もとの光の色の線のわきに、わずかにずれた新しい線が現れる。光が分子に当たるとき、ほとんどはそのまま跳ね返されるが、ごく一部は分子の振動や回転にエネルギーを渡したり、逆にもらったりして、色を変えて出てくるのである。どれだけ色がずれるかは、分子の種類と構造によって決まっている。ずれ方を調べれば、その物質が何でできていて、原子がどうつながっているかが分かる。ラマン効果と呼ばれるこの発見は、光が粒(光子)としてふるまうという、アインシュタインらが唱えた当時まだ新しかった量子の考え方(プランクの量子仮説)を裏付けるものでもあった。
使った装置は、驚くほど簡素だった。分光器を除けば、高価な機械はほとんど無かった。発見の日の2月28日は、いまインドで「国家科学の日」として記念されている。
1930年、ラマンはノーベル物理学賞を受けた。科学の分野でアジア人が受けた最初のノーベル賞である。受賞が決まる前から、彼は自信を持ってストックホルム行きの船の切符を予約していたと伝えられる。授賞式の晩餐会では、まわりの受賞者たちの国の旗が並ぶ中、イギリスの植民地だったインドには自分の国の旗が無いことに気づき、涙がこぼれた、と本人が後に語っている。インドが自分の旗を持つのは、1947年の独立とインド・パキスタン分離を経てからである。

1933年、彼は南インドのバンガロール(いまのベンガルール)にあるインド理科大学院の、インド人として最初の所長になった。のちに自分の名を冠したラマン研究所を作り、死ぬまでそこで研究を続けた。気が強く、自分の考えを曲げない人で、周りとの衝突も少なくなかった。晩年は、花やダイヤモンドの色、人の目が色を感じる仕組みなどに熱中した。甥のスブラマニアン・チャンドラセカールも物理学者となり、のちに星の進化の研究でノーベル物理学賞を受けている。
1970年11月、82歳で死んだ。発見から30年あまり後、強く安定した光を出すレーザーが登場すると、ラマン効果を使った分析は一気に広まった。いまでは、薬の成分の検査、宝石の鑑定、絵画の顔料の調査、空港での危険物の検査、火星の岩石の分析まで、物質を壊さずにその中身を知る方法として、世界中で使われている。役所の仕事の前後に実験を続けた一人の会計官の発見が、その出発点にある。