できごと

キログラムの再定義

2019 revision of the SI
AD2019年5月20日
重要度 4
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概要

セーヴルの金庫にある金属の塊が、世界の質量の基準だった。しかしその原器は、同時に作られた複製と比べて百年で五十マイクログラムほどずれていた。原器が変われば、定義上、宇宙の全質量が変わることになる。2018年の国際度量衡総会は、プランク定数の値を定義として固定し、キログラムをそこから導くことに決めた。アンペア、ケルビン、モルも同時に定数で定義され、七つの基本単位すべてが人工物から離れた。

場所

ヴェルサイユ
48.80°N 2.12°E · フランス

本文

パリ郊外セーヴルにある国際度量衡局の地下の金庫に、三重のガラスの鐘をかぶせられた金属の円柱がある。白金とイリジウムの合金で、高さも直径も39ミリ。1889年から130年間、この塊が世界の1キログラムだった。「国際キログラム原器」、関係者の間では愛称で「ル・グラン・K」と呼ばれる。

1キログラムに近い、ではない。定義そのものがこの塊だった。1キログラムとは国際キログラム原器の質量である、と定められていたからである。だから、塊がどう変わろうと、それは常にちょうど1キログラムだった。もし塊に埃が付いて重くなれば、理屈のうえでは、宇宙の他のすべての物が少しずつ軽くなったことになる。

原器が作られたとき、同じ材料、同じ形、同じ工程で、何本もの複製が作られた。複製はメートル条約に加わった各国に配られ、国際度量衡局にも公式の複製が何本か残された。原器はめったに金庫から出されなかったが、1889年、1946年、そして1989年から1991年にかけて、複製と比べる作業が行われた。結果は思わしくなかった。原器と複製の質量が、少しずつ離れていたのである。百年ほどで平均50マイクログラムほど。指紋一つの重さにも満たない差で、5000万分の1にあたる。

困ったのは、どちらがずれたのかが分からないことだった。原器が軽くなったのか、複製が重くなったのか。比べる相手が互いしかいないので、決めようがない。原因の候補としては、表面の汚れ、洗浄による摩耗、水銀などの吸着、金属内部の変化が挙げられたが、確定はしていない。

この小さなずれが問題だったのは、ほかの単位もこの塊に頼っていたからである。物質の量の単位モルは、定義にキログラムを含んでいた。電流の単位アンペアは、電線の間に働く力を通じてキログラムにつながっていた。光の強さの単位カンデラも、仕事率ワットを通じてそこにつながる。七つの基本単位のうち四つが、金庫の中の金属の塊にぶら下がっていたのである。

原理の問題もあった。メートル法を生んだフランス革命の人々は、「あらゆる時代に、あらゆる人々に」という標語を掲げた(メートル法の制定)。誰か一人の王の足の長さではなく、自然そのものから単位を取ろうとしたのである。長さの単位は地球の大きさから取り出された。ところが質量だけは、最後まで人の作った物に頼っていた。物である以上、火事や地震や戦争で失われうる。原器が壊れれば、複製から作り直すしかなく、それはもう同じ物ではない。

質量を自然の定数で定義し直すために、二つの方法が追いかけられた。一つは、イギリスの物理学者ブライアン・キッブルが1975年に考え出した天秤で、のちに彼の名で呼ばれる。電磁石の力と、物に働く重力を釣り合わせ、その電気の測定を二つの量子の効果に結びつける。電圧に関わるジョセフソン効果と、電気抵抗に関わる量子ホール効果である。どちらもプランク定数と電気素量で表されるので、質量をプランク定数で測ることができる。プランクの量子仮説でマックス・プランクが1900年に導入した小さな数が、ここで秤の目盛りになった。

もう一つは、原子を数える方法である。ほぼシリコン28だけからなる極めて純度の高いシリコンを用意し(濃縮はロシアの遠心分離施設で行われた)、単結晶にして、直径約93.7ミリの球に磨き上げる。真球からのずれは数十ナノメートルしかなく、人類が作った最も丸い物の一つと呼ばれた。地球の大きさに引き伸ばしても、山と谷の差が数メートルほどにしかならない丸さである。球の体積と、結晶の中の原子の間隔から原子の数を数え、アヴォガドロ定数を求め、それをプランク定数に換算する。

二つのまったく違う方法で得た値が、十分な精度で一致した。2017年、科学の基礎的な定数の値を決める国際委員会が、新しい定義に使う最終的な値を確定した。2018年11月16日、ヴェルサイユで開かれた第26回国際度量衡総会は、新しい定義を全会一致で可決した。会場には拍手が起きた。

新しい定義は2019年5月20日に施行された。1875年にメートル条約が署名された日と同じ日付で、ちょうど144年後にあたる。キログラムは、プランク定数の値を 6.62607015×10⁻³⁴ ジュール秒と定めることによって定義される。この数値はもう測る対象ではない。定義によって決めた値であり、誤差は無い。代わりに、それまで誤差の無かった原器の質量が、いまでは測る対象になった。ル・グラン・Kは、いまはおよそ1キログラムの、ただの金属の塊である。

同じ日、ほかの三つの単位も定数で定義し直された。アンペアは電気素量、ケルビンはボルツマン定数、モルはアヴォガドロ定数の値を固定することで定まる。秒はすでに1967年からセシウム原子の振動で、メートルは1983年から光の速さで、カンデラは1979年から光の効率で定義されていた。これで七つの基本単位すべてが、人の作った物から離れた。

日常の暮らしでは、何も変わらない。1キログラムは1キログラムのままで、台所の秤の目盛りも動かない。変わったのは、その1キログラムを何が支えているかである。もし文明が失われ、千年後に誰かがこの定義を読んだとしても、その人は金庫の塊を探す必要が無い。プランク定数を測る装置を作れば、キログラムはそこから出てくる。「あらゆる時代に、あらゆる人々に」。革命の時代に掲げられた約束は、二百年あまりかけて、ようやく質量にまで届いた。

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