概要
石灰と、ナポリ近郊ポッツオーリの火山灰と、石の塊を混ぜる。水と反応して固まる。木の型枠に流し込めるので、石を積むのでは作れない曲面が作れた。パンテオンの直径43メートルの丸屋根は、上へいくほど軽い骨材を使い、いまも無筋で立っている。海水中では、灰の成分が海水と反応して結晶が育ち、時とともに強くなる。この配合は中世に失われ、十九世紀に別の原理のセメントが現れるまで、これを超えるものは無かった。
場所
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
本文
**配合**。
(——**オプス・カエメンティキウム**(opus caementicium)。
〈**(1)**焼いた石灰**(生石灰、あるいは消石灰)。
**(2)**火山灰**。
**——**ナポリ湾の、**ポッツオーリ**(Puteoli)**産のものが、最も良い**とされた**。
**〈——だから、**「ポッツォラーナ」**。**
**——いまも、**火山灰系の混和材**を、そう呼ぶ。〉**
**(3)**骨材**(caementa)——**割った石、砕いた煉瓦、そして瓦の破片**。
**(4)**そして、**水**。〉
**——**ウィトルウィウスが、**配合を、書いている**。
〈**——**「石灰一に対し、砂三」**(陸の砂の場合)。
**——**「海の砂なら、石灰一に対し、二」**。
**そして、**ポッツオーリの灰**について。
**「これを、**石灰と石と混ぜれば、**建物を、驚くべき仕方で、強くする**。**
**……**海中においてすら、**水の下で、固まる**」**(要旨)。〉)
**なぜ、固まるか**。
(——**ローマ人は、**理由を、知らなかった**。
**〈——ウィトルウィウスは、**「土の中の火と、熱と、蒸気」**による、と説明している。**
**——間違いである。〉**
**現在の理解**。
〈**——**火山灰に含まれる、**非晶質のシリカとアルミナ**が、**
**水酸化カルシウム(消石灰)と、水の中で、反応する**。
**——**カルシウム・シリケート・水和物**(C-S-H)が、できる**。
**〈——これが、**現代のセメントが固まる原理**と、**本質的に、同じである**。〉**
**——**「ポゾラン反応」**。〉)
**型枠**。
(——**そして、これが、**建築を、変えた**。
〈**——**石は、**積むしかない**。
**——**そして、**積んで作れる形**は、**限られている**。
**〈——アーチと、円筒形の丸天井(ヴォールト)まで。〉**
**——**コンクリートは、**流し込む**。
**——**木の型枠さえ作れば、**どんな曲面でも、作れる**。〉
**そして——**熟練工が、要らない**。
〈**——**石を、正確に切って、積むには、**高度な技能**が要る**。
**——**コンクリートは、**「混ぜて、運んで、詰める」**である**。
**——**軍団の兵士と、奴隷が、できる**。
**〈——これが、**ローマの建築が、帝国全域に広がった**、大きな理由である。〉**〉)
**パンテオン**。
(**AD125年頃**、ハドリアヌス帝。
〈**——**丸屋根の内径、**43.3メートル**。
**——**床から頂点までの高さも、**43.3メートル**。
**〈——内部に、**直径43.3メートルの球**が、ちょうど収まる。〉**
**そして——**いまも、**世界最大の、無筋コンクリートの丸屋根**である**。
**〈——1900年近く、そのままである。〉**〉
**技法**。
〈**(1)**厚さを、**変える**。
**——**基部で、**約6.4メートル**。**頂部で、**約1.2メートル**。
**(2)**骨材を、**変える**。
**——**下部は、**重いトラバーチンと、玄武岩**。
**——**上へいくほど、**軽い凝灰岩、そして、**軽石**(pumice)。
**〈——上のほうを、**軽くする**。〉**
**(3)**格間**(コッファー)。
**——**天井の内側を、**段々に、彫り込む**。
**——**重さを、**減らす**。**そして、**美しい**。
**(4)そして、**頂部に、**穴を開ける**(オクルス、直径8.8メートル)。
**——**そこに、**構造上、最も応力が集中する部分が、**そもそも、無い**。
**〈——そして、**唯一の採光である**。**
**——雨が、降り込む。**
**床に、**排水の穴が、開いている**。〉〉**)
**海の中**。
(——**そして、**最も、驚くべき性質**。
〈**——**ローマのコンクリートの防波堤**が、**二千年、海の中で、立っている**。
**〈カエサレア(イスラエル)、バイアエ、ポルトゥス。〉**
**——**そして、**現代のコンクリートは、**海水中で、劣化する**。
**〈——塩化物イオンが、**鉄筋を、錆びさせる**。**
**そして、**硫酸塩が、セメントを、侵す**。**
**——数十年で、傷む。〉**〉
**2017年、**研究**。
〈**——**マリー・ジャクソンら**(ユタ大学)が、**古代の防波堤の試料を、分析した**。
**——**そして、**海水と、火山灰が、反応して、
**アルミニウム置換トバモライト**、そして**フィリップサイト**という結晶が、**成長している**ことを、見つけた**。
**——**時とともに、**強くなっている**。
**〈——現代のコンクリートは、**時とともに、弱くなる**。**
**——古代のものは、**逆である**。〉**〉
**そして、2023年**。
〈**——**MITなどの研究が、**別の機構を、指摘した**。
**——**古代のコンクリートに、**白い、石灰の塊**(lime clast)**が、点在している**。
**——**それまで、**「混ぜ方が、雑だった」**と考えられていた**。
**——**そうではなく、**自己修復の仕組み**である、という説である**。
**〈——ひび割れに、水が入る。**
**——その塊が溶けて、**炭酸カルシウムとして、割れ目を、埋める**。〉**
**——**そして、**「熱混合」**(hot mixing、生石灰を直接使う)**が、その鍵だ、と論じられている**。
**〈——この説は、**議論の対象である**。**
**——確立したとは、まだ、言えない。〉**〉)
**そして、失われた**。
(——**西ローマの崩壊とともに、**技法が、消えた**。
〈**——**理由**。
**(1)**大規模な公共事業が、無くなった**。
**(2)**そして、**技能が、伝わらなくなった**。
**〈——コンクリートは、**配合と、施工の順序**が、要る。**
**——書物だけでは、伝わらない。〉**
**(3)さらに、**良質な火山灰を、遠くまで運ぶ流通**が、切れた**。〉
**——**そして、**中世を通じて、**ヨーロッパは、**石を積む**建築に、戻った**。
〈**——**ローマの建物を、**石切場として、解体して使った**。
**——**コロッセウムの石が、**聖ピエトロ大聖堂に、使われている**。〉
**——**再発見**。
〈**——**18世紀、**ジョン・スミートン**(イギリス)が、**エディストン灯台**(1759年)**のために、**
**水中で固まるセメント(水硬性石灰)を、研究した**。
**——**そして、**「石灰石に含まれる粘土の量が、鍵である」**ことを、突き止めた**。
**〈——ローマ人が、知らなかったことである。〉**
**そして、**19世紀、**ポルトランドセメント**。〉)