人物

アグナー・アーラン

Agner Krarup Erlang
AD1878年1月1日 – AD1929年2月3日(享年51)
デンマーク重要度 3

概要

ユトランドの村の学校長の子。十四歳で教員の資格を得て、父の学校で教えた。コペンハーゲン大学で数学と物理を修め、教師をしていたところを、コペンハーゲン電話会社に招かれた。以後二十年、そこで働いた。通話の到着を確率の過程として扱い、必要な回線数を計算する式を作る。論文はデンマーク語で発表され、英訳が出るまで時間がかかった。生涯独身で、蔵書に囲まれて暮らした。腹部の手術の後、五十一歳で死んだ。通信量の単位に、彼の名がある。

関わったできごと(1)

待ち行列の理論AD1909年 · 定式化

本文

アグナー・クラルプ・アーランは1878年1月1日、デンマークのユトランド半島南西部の村ロンボーに生まれた。父ハンスは村の学校の校長で、教区の書記も務めていた。母方は学者を出したクラルプ家の流れだと伝えられる。家には本があり、少年はそれを読みふけった。

彼はきわめて早熟だった。14歳で教員の資格試験に合格した。本来はその年齢では受けられず、特別の許可を得ての受験だった。それから2年ほど、父の学校で子どもたちを教えた。1896年、奨学金を得てコペンハーゲン大学に入り、数学を中心に、物理、化学、天文学を学んだ。1901年に卒業すると、7年ほど学校の教師をしながら、確率論の研究を続けた。

転機はデンマーク数学会の集まりで訪れた。そこで彼は、コペンハーゲン電話会社の技術の責任者ヨハン・イェンセンと知り合った。いまも数学の教科書に名の残る「イェンセンの不等式」のイェンセンである。会社に勤めながら第一級の数学の仕事をしていたイェンセンは、アーランを会社に招いた。1908年のことだ。

ベルの電話の発明から30年あまり、電話は急速に広がり、交換局は悩んでいた。回線や交換台を少なく用意すれば、かけた人が待たされたり、つながらなかったりする。多く用意すれば、ほとんど使われない設備に金をかけることになる。どれだけ用意すればよいのか。経験と勘のほかに、答えを出す方法がなかった。

アーランはまず、交換局へ出かけて記録を集めた。何時に何本の呼び出しが来たか、それぞれ何分話したか。それを手で数え上げ、電話のかかってくる数が、偶然の出来事の数え方としてよく知られたポアソン分布に従うことを確かめた。1909年、彼はその結果をデンマーク語の論文にまとめた。

1917年には、さらに先へ進んだ論文を出した。かけた電話が「話し中」で断られる場合に、何本の回線があれば断られる割合を一定以下にできるか。断られずに順番を待つ場合に、どれくらい待たされるか。この二つの場合を確率の式で解いたのである。前者はいま「アーランB式」、後者は「アーランC式」と呼ばれる(待ち行列の理論)。手動の交換台から交換手を外すに始まる自動交換へと移る時代に、交換機を何台置くかを決める道具になった。

ただ、論文はデンマーク語で書かれ、ほかの国の技術者に広く知られるまでには時間がかかった。主な論文がまとめて英語で読めるようになったのは、死後の1948年である。そのあいだ、ほかの国の技術者たちも、同じ問題にそれぞれ取り組んでいた。

人柄は控えめだったと、同僚たちは口をそろえる。自分の名を前に出さず、計算を何度も確かめ、発表を急がなかった。生涯独身で、部屋は数学だけでなく天文学、物理学、歴史、哲学の本で埋まっていたという。人知れず慈善に金を使っていたとも伝えられる。

1929年2月3日、アーランは腹部の手術を受けたあと、コペンハーゲンの病院で死んだ。51歳だった。その死は、デンマークの外ではほとんど知られなかった。

1946年、国際的な電話の技術の委員会は、通信の量を表す単位に彼の名を採った。1アーランは、一本の回線が休みなく使われ続けている状態を表す。いまもコールセンターで何人の係を置くか、携帯電話の基地局にどれだけの容量を持たせるかは、この単位と彼の式で計算される。

彼が始めた考え方は「待ち行列の理論」として育ち、電話を越えて広がった。第二次世界大戦では、軍が船団の組み方や哨戒の計画に、確率と統計の計算を大規模に使い、オペレーションズ・リサーチと呼ばれる分野が生まれた。道路の車線、病院の窓口、工場の生産の流れ、計算機の処理の順番。1980年代には、電話交換機のために作られたプログラミング言語が、彼の名をとって名づけられている。

平均すれば足りていることと、誰も待たされないことは別である。その差は確率で計算できる。アーランが示したのはそのことだった。いま私たちが窓口や電話で待たされる時間も、多くはこの考え方で前もって見積もられている。

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