概要
ラムセス2世の息子の戦勝碑に、「イスラエルは荒らされ、その種はない」。エジプトの記録に「イスラエル」が出てくる最初で、聖書の外で最も古い。民の名で、国の名ではない。碑はテーベの葬祭殿から1896年に出た。
場所
25.72°N 32.61°E · エジプト・ルクソール
関わった人(1)
メルネプタハ?–BC1203年 · 王本文
1896年。 フリンダース・ピートリー。 テーベ。 メルネプタハの葬祭殿。 黒い花崗岩。 高さ3.2メートル。 アメンホテプ3世の碑を、 裏返して、 使った。 28行。 リビア人との戦い。 「勝利の讃歌」。 最後の12行。 「諸侯は、 ひれ伏して、 『平安を』と言う。 九弓の民のうち、 頭を上げる者はいない。 テヘヌ(リビア)は荒らされた。 ハッティは平定された。 カナンは、 あらゆる災いで、 略奪された。 アシュケロンは、 連れ去られた。 ゲゼルは、 取られた。 イェノアムは、 無きものにされた。 イスラエルは、 荒らされ、 その種はない。 フルは、 エジプトのために、 寡婦となった」。 「イスラエル」。 「ysrỉr」。 決定詞。 人の群れの記号。 座った男と女と、 三本の線。 「民」。 街や国ではなく。 アシュケロン、 ゲゼル、 イェノアムは、 「外国の丘の国」の記号。 街。 「イスラエルは、 その頃、 街を持たない、 民だった」。 「その種はない」。 「穀物」とも、 「子孫」とも。 「滅ぼした」。 滅びなかった。 「イスラエル碑」。
読み方。 ピートリーは、 「イスラエル」を読んで、 「牧師たちが、 喜ぶ」と、 言った。 言った、 と伝える。 「これは、 私の、 名を、 残す、 発見」。 BC1208年頃。 メルネプタハ5年。 聖書の、 「エジプトを出た」時期の、 すぐ後、 と考える人は、 「出エジプトは、 その前」。 「その頃、 カナンに、 イスラエルが、 いた」。 それは、 確か。 「聖書の、 外の、 最古の、 記録」。 2000年以上、 イスラエルは、 聖書と、 その、 周りの、 記録にだけ。 碑は、 カイロの、 エジプト博物館。 「カルナックの、 壁にも、 同じ文の、 断片」。 「アシュケロンの、 戦いの、 浮彫」。 「イスラエルの、 戦い」の、 絵か、 どうか。 争われている。