概要
二度の元の襲来を退けた執権。ただし勝っても得る土地が無く、幕府は弱っていく。
関わったできごと(3)
元寇1274年 · 執権文永の役AD1274年11月19日(文永11年10月20日) · 執権弘安の役AD1281年7月(弘安4年閏7月) · 執権本文
18歳で執権になった。
その翌年、モンゴルからの国書が届いている。
返事を出さなかった。
朝廷は返書の案を作ったが、 幕府がそれを送らせなかった。
無視するという選択になる。
二度の襲来を退けた。
防塁を築き、御家人を動員した。
問題は、その後になる。
防いだだけで、得た土地が無い。
御家人は自弁で戦っている。 恩賞を求めても、分けるものが無い。
その不満が、幕府への信頼を蝕む。
禅に深く帰依した。 中国から無学祖元を招き、円覚寺を建てている。
34歳で死んだ。
50年後、鎌倉幕府は倒れる。