概要
百万都市で、木と日干し煉瓦の集合住宅が密集し、灯りは炎である。アウグストゥスは、それまで私的な奴隷の組と有志に任されていた消火を、常設の部隊にした。七つの大隊、各千人、市の十四区を二区ずつ受け持つ。夜通し街を巡回する。装備はバケツ、酢に浸した毛布、斧、手押しポンプ、そして延焼を止めるための破壊具である。解放奴隷が主で、六年勤めれば市民権を得られた。警察と、夜警と、消防を兼ねた。
場所
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
関わった人(1)
アウグストゥスBC63年9月23日–14年8月19日 · 創設本文
**条件**。
**ローマ、紀元前後**。
(**人口——**約100万人**。
**建物——**インスラ**(集合住宅)。
〈**四階から六階、記録では七階建てもあった**。
**下層は煉瓦と石**。**上層は、**木**である**。
**——安く、速く建てるためである**。
**そして、**倒壊が、頻繁に起きた**。〉
**炊事——**炭と薪の炉**。
**照明——**油の灯**。
**暖房——**火鉢**。
**——**火の気が、あらゆる部屋にある**。〉)
**それまで**。
**(1)**トレスウィリ・ノクトゥルニ**(tresviri nocturni)。
(——**三人の下級の役人**と、**その配下の公奴隷**。
**共和政期**。
**——**百万都市に対して、**まったく足りない**。〉)
**(2)そして、**私設の消防**。
**マルクス・リキニウス・クラッスス**(BC115〜53年)。
(——**「ローマで最も富める男」**。
**彼が、どうやって富を築いたか**。
〈**プルタルコスの記述**(要旨)。
**彼は、**500人の奴隷を、建築と消火の技能を持つ者で揃えていた**。
**火事が起きると、**現場へ駆けつける**。
**そして——**消さない**。
**燃えている家と、**その隣の家の持ち主に、**買値を提示する**。
**火が迫っている**。**持ち主は、**二束三文で売る**。
**買い取った後で、**消す**。
**そして、**建て直して、貸す**。
**——プルタルコスは、こう書いている**。
**「こうして、ローマの大部分が、彼のものになった」**。〉
——**つまり、**消防が、私的な事業として、悪用されていた**。〉)
**創設**。
**AD6年**。
(——**その前年、**大火があった**。
**アウグストゥスは、**常設の部隊を作った**。
**ウィギレス**(vigiles、「見張る者たち」)。
**正式には——**cohortes vigilum**。〉)
**編成**。
(**七つの大隊**(cohortes)。
**各大隊、**約1,000人**(後に増えた)。
**——合計、**約7,000人**。
**市の**十四区**を、**一大隊が二区ずつ**受け持つ**。
**そして、各区に、**詰所**(excubitorium)と、**本部**(statio)を置いた**。
〈**オスティア(ローマの外港)の詰所の遺構が、発掘されている**。
**——中庭、宿舎、そして、**浴場**がある**。〉)
**構成員**。
(——**当初、**解放奴隷**(libertini)である**。
**〈市民は、この仕事を、卑しいものと見なした。〉**
**そして、**六年勤めれば、ローマ市民権が与えられた**(後に三年に短縮された時期がある)。
**——**それが、報酬である**。
**指揮官は、**騎士身分のプラエフェクトゥス・ウィギルム**(消防長官)。
〈**これが、**極めて重要な官職**になった**。
**——親衛隊長官に次ぐ、**騎士身分の最高位の一つ**である**。
**理由**。
**七千人の武装した人員を、市内に持っている**。
〈**軍団は、**市内に入れない**(ポメリウムの原則)。
**——だから、**実質的な市内の武力**が、ここにあった**。〉〉)
**装備**。
(**(1)**バケツ**(hama)。
**——**革製**。**列を作って、手渡す**。
**(2)**酢に浸した毛布**(centones)。
**——**火を叩き消す**。**そして、**濡らして、隣の家を覆う**。
〈**なぜ酢か**。
**——**水より、燃えにくいと考えられていた**、という説がある**。
**実際には、**単に安価に大量に手に入る液体だった**可能性もある。〉
**(3)**斧、鉤竿**(falces)、**そして**攻城槌**(ballistae で建物を壊した、という記述もある)。
**——**壊す**。
〈**延焼を止める、唯一の確実な方法である**。
**火の進む先の建物を、**先回りして、倒す**。
**——これが、**古代から19世紀まで、消防の基本だった**。〉
**(4)**手押しポンプ**(sipho)。
〈**アレクサンドリアのクテシビオス**が発明したとされる、**二気筒の往復ポンプ**。
**——**実物が、複数、発掘されている**(イギリス、シルチェスターなど)。
**青銅製**。**二人が交互に押す**。
**そして——**射程が、短い**。
**〈数メートル程度と推定される。〉**
**——高い建物の火には、届かない**。〉
**(5)**マットレス**(centones を積んだもの)。
〈**飛び降りる者を、受け止めるため**。〉)
**もう一つの仕事**。
(——**夜警**である。
**vigiles**という語そのものが、**「目覚めている者」**を意味する**。
**夜、街を巡回する**。
**(1)**火の元を、点検する**。
〈**「火を消し忘れている」ことは、**罰せられる**。
**——**消防長官が、**鞭打ちの権限**を持っていた**。〉
**(2)**盗人を、捕らえる**。
**(3)**逃亡奴隷を、捜す**。
**(4)**風呂屋の火の管理**。
**——つまり、**警察と、夜警と、消防を、兼ねていた**。
〈**法学者ウルピアヌスの『消防長官の職務について』**という書がある**。
**そこに、職務の詳細が記されている**。〉)
**限界**。
**AD64年、ローマ大火**。
(——**九日間、燃えた**。
**十四区のうち、**三区が全焼、七区が大きく損壊**。
**——**七千人の部隊があっても、止まらなかった**。
〈**タキトゥスの記述に、**「消火を妨げる者がいた」**という趣旨の一節がある**。
**——**放火の噂の、根拠の一つになった**。〉
**その後、**ネロが、**建築の規制**を出した**。
〈**道幅を広げる**。**高さを制限する**。
**そして、**建物の間に、隙間を空ける**。
**共有壁を、禁じた**。
**——**これが、**都市計画としての防火**の、早い例である**。〉)
**その後**。
(——**ウィギレスは、**帝政を通じて、続いた**。
**そして、**属州の主要な都市にも、置かれた**。
〈**ただし、**規模は、はるかに小さい**。
**——**小プリニウスが、トラヤヌス帝に、**ニコメディアに消防隊を作りたい**と請願した記録がある**。
**皇帝の返答は——**却下**である**。
**理由**。
**「そのような結社は、**政治的な集団になる**」**。
〈**「ギリシアの諸都市では、名目が何であれ、集まれば、必ず徒党を組む」**という趣旨のことを書いている**。
**——**消防隊は、**組織された人間の集団**である**。
**それが、**支配者にとって、常に、両義的だった**。〉〉
**——そして、この警戒は、**江戸の火消**でも、**19世紀アメリカの有志消防組**でも、**繰り返し現れる**。)