概要
バドゥイラ。541年、負け続けていた東ゴートの王に。イタリアの奴隷と農民を軍に入れ、ベリサリウスから半島を取り返し、ローマを二度取った。ナルセスが来て、タギナエで敗れ、逃げる途中で死んだ。「彼は敵の女を犯させなかった」とプロコピオスが書いた。
所属
東ゴート王国関わったできごと(2)
ユスティニアヌスの再征服533年 · 東ゴートの王トティラのローマ占領AD546年12月17日 · 王本文
バドゥイラ。トティラ。 「トティラ」は硬貨の名。 イルディバドの甥。 541年、エラリックが殺されて、王。 「東ゴートは、ラヴェンナが落ちて、王が二人殺されて、5000の兵」。 「奴隷と農民に、自由と土地を」。 「ローマの地主から取った」。 542年、ファエンツァ。ムケッリウム。 「ナポリ」。543年。「兵を殺さなかった」。 544年、ベリサリウス。 「ベリサリウスに、金も兵も送られなかった。ユスティニアヌスは、ペルシアと、疫病と」。 546年、ローマ。 「壊すな」。 547年、ベリサリウスが取り返した。 548年、ベリサリウスが帰った。 549年、ローマ。 550年、シチリア。サルデーニャ。コルシカ。 551年、セナ・ガッリカ。海で負けた。 552年、ナルセス。「宦官。70歳」。ランゴバルドとヘルール人の傭兵。 タギナエ。ブスタ・ガッロールム。 「トティラは金の鎧で、二つの軍の間で、馬を踊らせた。時間を稼ぐために」。 「ゴートの騎兵が、ローマの弓兵に」。 矢。カプラエ。死んだ。 テイア。553年。 「ゴートの最後の王」。 プロコピオス。「彼は、捕えた女を、兵に渡さなかった。カラブリアの娘が犯されたとき、犯した兵を殺した」。 「彼は、ローマを壊すのを、やめた」。 「ユスティニアヌスの歴史家が、そう書いた」。 「敵に褒められた王」。 「イタリアで、ゴートの王は、ローマの地主より、農民に好かれた」。 「だから、10年、戦えた」。 タギナエは、グアルド・タディーノの近く。ウンブリア。 碑がある。