概要
安房の漁村の子。比叡山で学び、「法華経だけが正しい」と清澄山で唱えた。念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊。伊豆と佐渡に流され、斬られかけた。「日本の柱とならん」。身延山。弟子は六人に分かれ、宗派は日本で最も多く分かれた。
関わったできごと(2)
『立正安国論』AD1260年(文応元年) · 建白元寇1274年 · 予言したと本文
日蓮。 1222年、安房の小湊。「旃陀羅の子」と自分で。漁民。 12歳、清澄寺。「日本第一の智者となし給え」。 「善日麿」。「蓮長」。 鎌倉、比叡山、園城寺、高野山。10年。 1253年4月28日。清澄。日の出。「南無妙法蓮華経」。 「日蓮」。 地頭東条景信。追われた。 鎌倉。松葉ヶ谷。 1260年、『立正安国論』。 1261年、伊豆伊東。 1264年、小松原。 1268年、蒙古。 1271年、龍ノ口。 佐渡。塚原。三昧堂。「死人を捨てる所」。 「開目抄」。「私は日本の柱となり、日本の眼目となり、日本の大船となる」。 「観心本尊抄」。 曼荼羅。 1274年、赦免。 「三度諫めて」。 身延。 1282年、常陸へ湯治。池上。10月13日。61歳。 六老僧。日昭、日朗、日興、日向、日頂、日持。 日興が身延を出た。大石寺。 「日蓮宗」。「法華宗」。「日蓮正宗」。 「創価学会」。 「四箇格言」。 「念仏無間・禅天魔・真言亡国・律国賊」。 「他の宗派を、地獄に落ちると」。 「不受不施」。 「折伏」。 「日本で、他の宗派を、最も激しく攻めた僧」。 「日本で、最も多くの信者を持つ、僧の一人」。 「彼は、日本の国のことを、仏教で考えた最初の人」。 「彼は、蒙古を予言した」。 「予言というより、警告」。 「彼は、当たった」。 「日蓮主義」。 田中智学。石原莞爾。宮沢賢治。北一輝。 「20世紀の日本の、右も左も」。 「彼の名は、太陽と蓮」。 『立正安国論』の「立正」と「安国」。 「安国」は、国を安んずる。 彼は、国のために、国に逆らった。