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Person / 人

バシレイオス2世

Basil II
AD958年 – AD1025年12月15日(享年67・推定)
ビザンツ帝国重要度 5

概要

5歳で共同皇帝、18歳で親政、49年。結婚せず、本を読まず、戦った。ブルガリアを30年かけて滅ぼし、クレイディオンで1万5000人の捕虜の目を潰して100人に1人だけ片目を残して帰した。「ブルガリア人殺し」。ルーシに妹を嫁がせ、ウラジーミルを改宗させた。彼の死でビザンツは最大で、それから衰えた。

関わったできごと(2)

キエフ・ルーシの改宗AD988年 · 妹を嫁がせたクレイディオンの戦いAD1014年7月29日 · 皇帝

本文

バシレイオス。 958年。 「『ロマノス2世と、テオファノ』」。 「『960年。共同皇帝。2歳』」。 「『ニケフォロス。ツィミスケス。「義父」』」。 976年。『18歳。「バシレイオス・レカペノス。宦官。大叔父。「実権」』」。 「『バルダス・スクレロス。976年から979年。「東で、反乱」』」。 「『バルダス・フォカス。「彼を、使った」』」。 985年。『レカペノスを、追放』」。 986年。『ブルガリア。「トラヤヌスの門」。「負けた」』」。 987年。『フォカスと、スクレロス。「二人とも、反乱」』」。 「『ウラジーミル。「6000人のヴァリャーグ」。「妹アンナを」。「洗礼を」』」。 989年。『アビュドス。「フォカスが、戦いの前に、倒れた。毒」』」。 「『ヴァリャーグ親衛隊』」。 「『「私は、二度と、貴族を、信じない」』」。 「『「アロゲロン法」。「貧者の土地を、貴族が、取れば、返せ」。「アレロポイオン」』」。 「『「結婚しない。本を読まない。狩りをしない。演劇を見ない。「粗野で、質素で、寡黙」」。プセルロス』」。 「『「毎日、兵と」』」。 「『ブルガリア。サムイル』」。 「『「30年」』」。 1014年7月29日。『クレイディオン。「1万4000人。「1万5000人」」。「目」。「100人に一人、片目」。「サムイルの所へ」。「サムイルは、それを見て、倒れた。2日後、死んだ」』」。 「『「ブルガロクトノス」。「ブルガリア人殺し」。「12世紀から、そう呼ばれた」』」。 1018年。『「ブルガリアが、終わった」。「オフリド」。「アテナイ。パルテノン(聖母教会)で、感謝を」』」。 「『「ジョージア。アルメニア」』」。 「『「シチリアへ」。「準備」』」。 1025年12月15日。『67歳』」。 「『「ヘブドモンの、聖ヨハネ教会。「彼が、選んだ」。「ブラケルナエの、皇帝の墓でなく、兵の墓の近く」』」。 「『墓碑。「私は、ローマの皇帝に生まれたときから、休まなかった。西へ、東へ。ペルシア、イスマーイール、スキタイ、イベリア、アブハジア。ブルガリア。私の墓を、見る者よ、私の戦いに、祈りを」』」。 「『1204年。十字軍が、墓を、開けた。「骨に、笛を」。「羊飼いが」』」。 「『「彼の後」。「コンスタンティノス8世。ゾエ。テオドラ」。「46年で、マンジケルト」』」。 「『「ビザンツは、彼で、最大で、彼で、終わり始めた」』」。 「『「彼は、後継者を、作らなかった」』」。 「『「結婚しなかった」』」。 「『「片目」』」。 「『「ブルガリアで、いまも」』」。 「『「殺し」』」。