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Person / 人

徳川吉宗

Tokugawa Yoshimune
AD1684年11月27日 – AD1751年7月12日(享年66)
江戸幕府重要度 5

概要

紀州藩主の四男。兄たちが続けて死んで藩主、7代家継が8歳で死んで将軍。享保の改革。倹約、上米、足高、目安箱、小石川養生所、公事方御定書、町火消、サツマイモ、漢訳洋書の解禁、大岡忠相。米の値段に生涯悩んだ「米将軍」。身長180センチ、鷹狩り。「暴れん坊将軍」は作り話。

関わったできごと(1)

享保の改革1716年 · 将軍

本文

1684年、紀州和歌山。紀州藩主徳川光貞の四男。母は湯殿の下女、と言う。源六。部屋住み。1697年、越前葛野3万石。兄たちが1705年に相次いで死んで、22歳で紀州55万石。藩の財政を倹約で立て直した。

1716年、7代家継が8歳で死んだ。将軍の直系が絶えた。御三家の中で、尾張は5代目が若く、紀州の吉宗が33歳。8代将軍。

享保の改革。29年。倹約令。上米(大名に1万石につき100石を出させ、代わりに参勤交代の江戸滞在を半年に。1722〜30年)。足高の制(役職ごとに石高を決め、低い石高の者が就任する間だけ加増。有能な人材を使うため)。目安箱(1721年、評定所の前に箱、投書は将軍が自分で読んだ)。小石川養生所(目安箱の投書から)。公事方御定書(1742年、判例をまとめた法典)。相対済し令(金銭の訴訟を受け付けない)。町火消「いろは47組」(1720年)。新田開発。定免法(豊凶に関わらず一定の年貢)。甘藷(青木昆陽)。朝鮮人参の国産。漢訳洋書の解禁(1720年、キリスト教関係以外。蘭学の前提)。大岡忠相を町奉行に。

米の値段。年貢を上げると米が増えて値が下がり、幕府の収入は米なので減る。吉宗は米の値段に生涯悩んだ。「米将軍」。堂島の米市場を公認した(1730年)。先物取引。

1745年、家重(言葉が不明瞭)に譲って、大御所。1751年、死んだ。68歳。

身長180センチ、色黒、鷹狩り、質素な木綿の服。「暴れん坊将軍」は1978年からのテレビ。将軍が江戸の町を歩き回った、というのは作り話。ただ、鷹狩りで郊外を歩き回ったのは本当。