← 地図で見る
Person / 人

サルゴン2世

Sargon II
? – BC705年
新アッシリア帝国重要度 4

概要

兄を継いだか、簒奪したか。サマリアを落として2万7290人を移住させ、ウラルトゥを破り、バビロンを取り、自分の都ドゥル・シャルキンを10年で建てた。戦場で死に、遺体が見つからなかった。息子はその都を捨てた。

所属

新アッシリア帝国

関わったできごと(1)

イスラエル王国の滅亡BC722年 · アッシリア王

本文

「シャル・キン」。 「正統な王」。 名乗った。 正統でなかったから、と。 シャルマネセル5世。 兄か。 BC722年。 サマリアを囲んでいる途中で、 死んだ。 殺された。 サルゴン。 「私はサマリアを取った」。 自分の碑に。 兄の仕事を、 自分のものに。 2万7290人。 「私は彼らを連れ去り、 私の軍に50台の戦車を加えた」。 「私は他の土地の民をそこに住まわせた」。 サマリア人。 「失われた十部族」。 ハラフ、ハボル、ゴザン、メディア。 どこへ行ったか。 誰も知らない。 アフガニスタン、 インド、 エチオピア、 日本。 BC720年。 カルカル。 ハマトの反乱。 ラフィア。 エジプトと。 BC717年。 カルケミシュ。 ヒッタイトの最後。 BC714年。 ウラルトゥ。 「第八次遠征」。 「私は誰も通ったことのない山を越え」。 アッシュル神への手紙。 「私は一台の戦車と、 1000の騎兵と、 歩兵で、 ウラルトゥの軍を、 一日で破った」。 ムサシル。 ハルディ神の神殿。 略奪。 「ウラルトゥの王ルサは、 自分の剣で、 自分を刺した」。 BC710年。 バビロン。 メロダク・バルアダン。 逃げた。 サルゴンが王。 BC717〜706年。 ドゥル・シャルキン。 「サルゴンの砦」。 コルサバード。 ニネヴェの北。 「私は都を建てた」。 1.75キロ四方。 7つの門。 ラマッス。 人面有翼牛。 30トン。 ルーヴル。 1843年、ボッタ。 最初のアッシリア発掘。 BC706年、 落成。 BC705年。 タバル。 キンメリア人と。 「王は殺された」。 「王の遺体は埋葬されなかった」。 「王の陣は略奪された」。 「アッシリアの王が、 異国で、 戦死した」。 初めて。 「神々の怒り」。 センナケリブ。 息子。 「父の罪は何だったか」。 神託を尋ねた。 ドゥル・シャルキンを捨てた。 ニネヴェへ。 父の名を、 記録から、 ほとんど消した。 「サルゴン」。 2000年前のアッカドの、 サルゴン。 その名を取った。 「私は世界の王」。 イザヤ書20章。 「タルタン(将軍)がアシュドドに来た年」。 サルゴンの名が、 聖書に、 一度だけ。 19世紀まで、 誰もその王を知らなかった。 「聖書の間違い」。 コルサバード。 「サルゴン」。 本当にいた。