← 地図で見る
Person / 人

ピュロス

Pyrrhus of Epirus
BC319年 – BC272年(享年47・推定)
エピロス重要度 3

概要

アレクサンドロスの遠縁で、その再来と言われた。イタリアでローマに二度勝って兵を失い、シチリアでカルタゴと戦い、帰ってマケドニアを取り、アルゴスの市街戦で老婆の投げた瓦で死んだ。ハンニバルは「最高の将軍」と呼んだ。

関わったできごと(1)

ヘラクレアの戦いBC280年 · 王

本文

エピロス。 ギリシアの北西。 アイアキダイ家。 アキレウスの子孫を称した。 母はオリュンピアスの親戚。 2歳で父が追われ、 イリュリアの王に育てられた。 12歳で王、 17歳で追われ、 イプソスでデメトリオスの側で戦い、 エジプトに人質に行き、 プトレマイオスの義理の娘を娶って、 兵をもらって帰った。 BC297年、 王に戻った。

BC280年から275年、 イタリアとシチリア。 「ピュロスの勝利」。 ローマの使者ファブリキウスを、 金と象で驚かせようとして、 驚かなかった。 「この男を、 曲げるのは、 太陽の向きを変えるより難しい」。 ファブリキウスは、 ピュロスの医者が毒殺を持ちかけたのを、 ピュロスに知らせた。 ピュロスは捕虜を、 身代金なしで返した。 「敵ながら」。 シチリアで、 カルタゴを、 リリバエウム以外から、 追い出した。 シチリア人が、 彼の課税を嫌って、 離れた。 「何と、 美しい、 戦場を、 ローマとカルタゴに、 残していくことか」。 去った。 BC274年、 マケドニアを取った。 兵がガリア人で、 王の墓を荒らして、 マケドニア人が離れた。 BC272年、 アルゴス。 夜、 市街戦。 象が、 門で、 詰まった。 一人の若者と戦っていて、 その母親が、 屋根から、 瓦を投げた。 首に当たった。 落馬。 アンティゴノス・ゴナタスの兵が、 首を斬った。 46歳。 アンティゴノスは、 自分の息子が、 首を持ってきたのを、 杖で打って、 「野蛮」と言い、 遺体を、 王として、 焼いた。

『回想録』。 『戦術』。 ハンニバルは、 「最高の将軍は、 アレクサンドロス、 次にピュロス、 三番目に私」。 スキピオに言った、 と伝える。 「私に勝っていたら」。 「一番になった」。 プルタルコスは、 「彼は、 勝つことは、 知っていたが、 勝ちを、 使うことを、 知らなかった」。 「サイコロ賭博師が、 良い目を出して、 使い方を知らないように」。