概要
アレクサンドロスの遠縁で、その再来と言われた。イタリアでローマに二度勝って兵を失い、シチリアでカルタゴと戦い、帰ってマケドニアを取り、アルゴスの市街戦で老婆の投げた瓦で死んだ。ハンニバルは「最高の将軍」と呼んだ。
関わったできごと(1)
ヘラクレアの戦いBC280年 · 王本文
エピロス。 ギリシアの北西。 アイアキダイ家。 アキレウスの子孫を称した。 母はオリュンピアスの親戚。 2歳で父が追われ、 イリュリアの王に育てられた。 12歳で王、 17歳で追われ、 イプソスでデメトリオスの側で戦い、 エジプトに人質に行き、 プトレマイオスの義理の娘を娶って、 兵をもらって帰った。 BC297年、 王に戻った。
BC280年から275年、 イタリアとシチリア。 「ピュロスの勝利」。 ローマの使者ファブリキウスを、 金と象で驚かせようとして、 驚かなかった。 「この男を、 曲げるのは、 太陽の向きを変えるより難しい」。 ファブリキウスは、 ピュロスの医者が毒殺を持ちかけたのを、 ピュロスに知らせた。 ピュロスは捕虜を、 身代金なしで返した。 「敵ながら」。 シチリアで、 カルタゴを、 リリバエウム以外から、 追い出した。 シチリア人が、 彼の課税を嫌って、 離れた。 「何と、 美しい、 戦場を、 ローマとカルタゴに、 残していくことか」。 去った。 BC274年、 マケドニアを取った。 兵がガリア人で、 王の墓を荒らして、 マケドニア人が離れた。 BC272年、 アルゴス。 夜、 市街戦。 象が、 門で、 詰まった。 一人の若者と戦っていて、 その母親が、 屋根から、 瓦を投げた。 首に当たった。 落馬。 アンティゴノス・ゴナタスの兵が、 首を斬った。 46歳。 アンティゴノスは、 自分の息子が、 首を持ってきたのを、 杖で打って、 「野蛮」と言い、 遺体を、 王として、 焼いた。
『回想録』。 『戦術』。 ハンニバルは、 「最高の将軍は、 アレクサンドロス、 次にピュロス、 三番目に私」。 スキピオに言った、 と伝える。 「私に勝っていたら」。 「一番になった」。 プルタルコスは、 「彼は、 勝つことは、 知っていたが、 勝ちを、 使うことを、 知らなかった」。 「サイコロ賭博師が、 良い目を出して、 使い方を知らないように」。