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Person / 人

ネブカドネザル1世

Nebuchadnezzar I
? – BC1104年頃
バビロニア重要度 3

概要

イシン第二王朝の王。エラムがマルドゥクの像を持ち去って半世紀、夏の暑さの中でエラムを破り、像を取り戻した。「ナブーよ、境界を守れ」の名。600年後のネブカドネザル2世は、この王の名を取った。

関わったできごと(1)

ネブカドネザル1世のエラム遠征BC1120年頃 · 王

本文

ナブー・クドゥッリ・ウツル。「ナブーよ、私の長子を守れ」。クドゥッルは長子、境界石。同じ語。 イシン第二王朝。バビロンの南。カッシートのあとのバビロニア人の王朝。4代目。BC1125年頃。

BC1158年、エラムのシュトルク・ナフンテがバビロンを略奪し、マルドゥクとハンムラビの碑を持ち去った。息子が最後のカッシート王を連れ去った。マルドゥクはエラムに30年。 最初の遠征は疫病で帰った。「私はマルドゥクを求めてエラムへ行った。疫病が私の軍を襲った」。 二度目は夏。エラムは冬に攻めるもの。 シトティ・マルドゥクのクドゥル。「私は王の戦車の右に」。ラクティ・マルドゥクのクドゥル。「王は私の街を守ることを約束した」。大英博物館。クドゥルは王と臣下の契約で、その記録が戦争の記録になった。 ウライ川。勝った。エラムの王は消えた。マルドゥクの手を取ってバビロンへ。

マルドゥクはそれまでバビロンの街の神で、神々の王はニップルのエンリルだった。この王の時代にマルドゥクが神々の王に。 『エヌマ・エリシュ』。ティアマト、海、混沌。マルドゥクが矢で。体を二つに。天と地。創世記1章のテホムはティアマトと同じ語。 マルドゥクの帰還を祝って整えられたと考える人が多い。新年祭で毎年読まれた。

600年後、カルデア人がバビロンを取り戻した王の名を息子につけた。ネブカドネザル2世。バビロンの英雄。 2世が有名になりすぎて、1世は専門家しか知らない。 クドゥルは100以上。太陽、月、星、蛇、サソリ。神々の印。12宮の元だと言う人も。