概要
テッサロニキの官吏の子。弟キュリロスと大モラヴィアへ。スラヴ語の典礼。ドイツの司教に3年幽閉された。教皇が救い、モラヴィアの大司教に。聖書をスラヴ語に訳し終えて死んだ。弟子はブルガリアへ追われ、そこでキリル文字を作った。
関わったできごと(1)
大モラヴィア国AD833年 · 大司教本文
メトディオス。 「ミカエル」。 815年頃。テッサロニキ。 「父レオン。『ドルンガリオス』。軍の副司令官」。 「『スラヴ語。テッサロニキの周りは、スラヴ人』」。 「『スラヴ人の、アルコン。ストリュモン』。10年」。 「『オリュンポス山(ビテュニア)。修道士』」。 860年。「弟コンスタンティノス(キュリロス)と。ハザールへ。カガン。『三つの宗教』」。 862年。「ラスチスラフ。大モラヴィア。『我々の言葉で、教える人を』」。 863年。 「『グラゴル文字』。コンスタンティノスが。『メトディオスが、手伝った』」。 「『典礼を、スラヴ語で』」。 「『三言語。ヘブライ語、ギリシア語、ラテン語。それ以外は、異端』。ドイツの司教」。 867年。ローマ。「ハドリアヌス2世。『認める』。『スラヴ語の典礼を、聖ペテロ聖堂で』」。 869年。「コンスタンティノスが、死んだ。42歳。『兄さん、学問に帰らないで。畑を続けて』」。 「『パンノニアとモラヴィアの、大司教』。『シルミウムの』」。 870年。「バイエルンの司教たち。『捕えた』。『エルヴァンゲン。3年。獄』」。 873年。「ヨハネス8世。『放せ』」。 「『スラヴ語の典礼を、禁じる』。『説教は、よい』」。 880年。ローマ。「ヨハネス8世。『インドゥストリアエ・トゥアエ』。『スラヴ語の典礼を、認める』」。 「『スヴァトプルク。ドイツの司教ヴィヒング。『メトディオスを、また』」。 「『聖書を、全部、スラヴ語に』。『6か月。二人の速記者』」。 885年4月6日。「ヴェレフラト。『ゴラズドを、後継に』」。 「『ステファヌス5世。『スラヴ語を、禁じる』」。 「『弟子。クリメント、ナウム、アンゲラリオス、ゴラズド、サヴァ。追われた。売られた』」。 「『ブルガリア。ボリス。886年』」。 「『オフリド。プレスラフ』」。 「『キリル文字。プレスラフで。弟の名で』」。 「『大モラヴィアは、907年に、マジャールに』」。 「『チェコ。ポーランド。ラテン語に』」。 「『ブルガリア。セルビア。ルーシ。スラヴ語』」。 「『兄が、守った』」。 「『弟が、作った』」。 「『兄は、獄で、3年』」。 「『二人。5月24日』」。 「『ブルガリアの、文化の日』」。 「『1980年。ヨーロッパの守護聖人』」。 「『メトディオス』。『方法』」。 「『彼の墓は、分からない』」。 「『ヴェレフラト』」。